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本好きのリビドー(251)

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提供:週刊実話

◎快楽の1冊
『パートタイム・デスライフ』 中原昌也 河出書房新社 2200円(本体価格)

★職場から逃亡した男に襲いかかる悪夢

「夏が、終わろうとしていた。」

 80年代から90年代初頭にかけ活躍したある人気女性作家の代表作の書き出しだ。この一行をすんなり抵抗なく受容できる読者はむろん素直で幸福なほうで、筆者のごときすれっからしになり果てるともういけない。

 というより、「夏が」の後の「、」の段階で内心吹き出してしまう。いかにも“小説”な出足の感じ、さも“見事に決まった”臭が耐え難く恥ずかしくて、とてももたない。所詮、摩滅した感受性の問題にすぎないと片付けられればそれまでだが、綿密に練られたプロット、周到に張り巡らされた状線の上で予想外に展開する物語と、そこに彩りを添えるキャラ立ちした登場人物…といった「よい作品」を構成する要素の数々が、一切合財煩わしくなる瞬間が不意打ちのように訪れるものだ。

 典型例でいえば三谷幸喜氏の舞台や映画、あるいはひと昔前のTV『エンタの神様』ならキプロクオ(単語の意味をめぐる互いの勘違い)を土台にしたアンジャッシュのコントなど最適解だろう。確かに細部にわたってよくできている。完璧だ。だが「それで?」。

 受け手として最悪の、飽食的傲慢さに満ちた感想なのは十分自覚してもなお、しかし、救いようのない本音であることは否定できない。筆者を含むそんな面倒極まる層にとって絶好の毒薬、いな妙薬が中原昌也氏の作品群。作家デビュー20周年記念の本書にも、「文学」とか「小説」というジャンルや形式自体と、さらにそれをのこのこ読んでいる側までナメ切ったかのような黒い愉快犯性が漲って冷や水を浴びせられる。入念で端整な殴り書き、とでも呼びたい文体にほとんど呆れ返りつつ、数頁に一度は必ず笑わされる中毒性を帯びて、悔しい。

(黒椿椿十郎/文芸評論家)

【昇天の1冊】
 昭和57年に爆発的なヒットとなった裏ビデオ『洗濯屋ケンちゃん』を思い起こさせる官能小説が発売された。タイトルは、『奥さま限定クリーニング』(二見書房/722円+税)。著者は元航空会社CAの蒼井凜花さん。女性にも支持者が多い官能小説作家だ。

 物語の主人公は、高級住宅街にある実家のクリーニング屋を手伝うことになった22歳の健二。極度の“匂いフェチ”である。セレブ妻がクリーニングに出そうとした衣服の中から下着がこぼれ落ちたのをきっかけに、イケない性癖がムクムクと顔を出す。

 以来、何かにつけて人妻との情事を重ねるようになる。自ら名付けたキャッチフレーズが「僕はクリーニング屋です! 衣服だけじゃなく、奥さまのお体もキレイにいたします」。

 2日風呂に入っていないというマダムが相手でもお構いなし。粘っこい舌技で全身リップに精を出す。お得意さんは外資系投資銀行員の妻・32歳や、ネイルサロン経営者の肩書きも持つ32歳のS気たっぷり長身美女ら、いずれも絶品。年下でM気の強い健二を手玉にとるような強欲セックスがこれでもかと描写され、興奮度は高い。

 蒼井さんの作品は、女性目線で男が感じる様子が描かれているところが特徴だ。男に奉仕されたい、玩具のように弄びたいという女の密かな性欲を看破しており、そこが女性読者の心をつかんでいるようで、読み応えがある。

 表題の他、『人妻の乱れ姿』『僕だけのプライベートCA』など短編6作を収録。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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