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高橋四丁目の居酒屋万歩計 「大黒屋」(だいこくや、居酒屋)

 押上駅から徒歩720歩。

 浅草に住んでいる友人が3人いる。ひとりは入谷、ひとりは竜泉、ひとりは観音裏。入谷が、じつはホッピーが得手ではないと白状するから、生ホッピーを飲んだことがあるか尋ねると、案の定、ないという。もってのほかなので、吾妻橋のアサヒビール本社“黄金雲古ビル”の下でおちあい、業平の「大黒屋」へ同道することに。
 夕餉(ゆうげ)の支度にでてきた主婦たちのために車を排除した商店街を道なりに、はみ出して並べられた野菜や惣菜のパックを縫いながらゆけば、日常の暮らしというものからほどよく離れた、それでいて離れすぎないようとどまった角に、めざす居酒屋はある。
 風が、角地に建つ「大黒屋」の開け放たれたガラス戸から、もう一方のガラス戸へ抜けていった。風は、冷奴のさいの目も揺らすほどの勢いで、無用のことながら酔客を一気に覚醒させてしまった。相撲の番付表、三社祭の額装写真、どこぞの漫画家が描いたポンチ絵などの調度が、無駄なく、無理なく、お客の目を遊ばせている。コの字型のカウンターの定位置には、その色紙から抜け出てきたような丸顔のご亭主が満面の笑みを浮かべてお座りだ。立ち上がれば生ホッピーのサーバーに届くことになっている。ハーフアンドハーフをそういう。入谷は、瓶と生とはこんなに違うものかと目を丸くして、口ではなにもしゃべらない。無理からぬこと、口がジョッキから離れないのだ。コブクロ刺し、カタクチイワシをそういって、さらに天豆(てんまめと読んでそらまめとは読まないそうなので為念)を追加。ふたり競って空ける生ホッピーのハーフアンドハーフが、今宵あきれるほどにうまいのは、店の環境が一助となっていることは否定しない。さらに気温、湿度とも、いま絶妙な具合だろうことにもがえんじる。しかしこれをすべて、ご亭主に帰したいと思う。

 ミュンヘン工科大学に留学して日本に2人しかいないドイツ醸造学の専門資格「マスター」を取得、新発売の「アサヒ ザ・マスター」の開発にかかわったアサヒビール・マーケティング本部の山下博司さんいわく「コクがあって味わい深いのに後味がよく、2杯、3杯と飽きずに飲めるビールをつくるのは難しい」(朝日新聞5月30日朝刊)。「ビールをつくる」を「ホッピーを注ぐ」といいかえて、ご亭主に捧げたい。「ザ・マスター」は独特な出来栄えなので、缶ではなく瓶を、できれば生を、御社ビルで飲んでみたいものだ。「大黒屋」は、業平4丁目にぽつんと建っている。それはこの店がこの町に必要で、そしてこの店だけで十分であるという、地元の方々(この酔っ払いたち)の意思表示のように、わたしには思えた。

予算2500円。
東京都墨田区業平4-16-19

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