search
とじる
トップ > トレンド > 横須賀散策 梅林、軍港、芥川龍之介

横須賀散策 梅林、軍港、芥川龍之介

 正月は、氏神様へあいさつし、年神様をまつる期間。正月が明けると、春を迎える行事が始まる。

 二十四節気の一つ「雨水(うすい)」は、今年は2月19日。「雨水」は、雨が降り雪が溶け始める様子からつけられた。「雨水」に先立つ2月17日には、その年の五穀豊穣を祈る「祈年祭」が各地で執り行われる。豊作を祈るため、田植えや収穫の様子をまねて演じることもある。

 神奈川県の横須賀は、かつては小さな漁村であった。文明開化と富国強兵政策で栄えるようになる。その横須賀も、春を迎えようとしている。

 横須賀市にある田浦梅林で、「田浦梅林まつり」が始まっている。期間は、2月5日から3月13日まで。田浦梅林には約2700本の梅の木がある。田浦梅林の梅は、地元名産品の梅酒になるほか、災害時の保存食用の梅干しにも利用される。横須賀市行政センター担当者の話では、天候にもよるが、梅は「雨水」を過ぎて2月の下旬から3月初旬にかけ、一番の見ごろを迎えるという。田浦梅林へ行くには、横須賀線を利用する場合、JR田浦駅が便利。毎年、多くの観光客で賑わう。

 JR田浦駅は、トンネルどうしの間に造られた駅。横須賀は海の町という印象があるかもしれないが、平地はわずかで、主に山や、「谷戸(やと)」と呼ばれる山と山の間に挟まれた平地からなる。田浦駅駅員の方にうかがうと、その横須賀でも、トンネルに挟まれた駅は珍しいそうだ。しかも、田浦駅では、停車時に、連結する車両の数が多いときは頭とお尻の車両がトンネルの中に入ってしまう。

 田浦駅の下りトンネル(横須賀駅方面)は、明治22年、工部省鉄道局によって造られた。当初はレンガ造りだったが、関東大震災2年後の大正14年、大部分にコンクリートを用いて改築された。

 田浦駅には、使われている線路とトンネルに並行して、使われていない線路とトンネルがある。雑草に埋もれている。田浦駅出口から広がっている港への引き込み線として、かつて、使われていた。

 港には、旧海軍施設として造られた倉庫が残っている。現在も民間の倉庫として使われているものもある。引き込み線は、駅から倉庫群へ続く一帯に敷かれている。また、倉庫群からトンネルを一つ越えた場所の埠頭には、大正初期に造られた港湾造船施設「ガントリークレーン」が残っている。震災にも耐え、現在は、海上自衛隊横須賀造修所が使用している。近くから、海に突き出す巨大な鉄柱を眺めることができる。引き込み線は、そのクレーンの前にも敷かれている。

 芥川龍之介は、海軍の学校で英語の教鞭を執るため、横須賀に住んでいた時期があった。芥川の小説『蜜柑(みかん)』は、「或曇った冬の日暮である。私は横須賀発上り二等客車の隅に腰を下して、ぼんやり発車の笛を待っていた」と始まる。「云うまでもなく汽車は今、横須賀線に多い隧道(トンネル)の最初のそれへはいった」りするうちに、少女が窓を開ける物語。窓がトンネルに入ると同時に開かれたため、主人公の「私」は煤煙を顔じゅうに浴びてしまう。しかし、「私」は、これから奉公先へ向かうであろう少女が「枯草の山と山との間に挟まれた」踏み切りまで見送りにきていた幼い弟たちにみかんを投げる姿を見る。「私」は、「云いようのない疲労と倦怠」や「下等な、退屈な人生」をわずかに忘れることができた。(竹内みちまろ)

写真をすべて見る

関連記事

関連画像

もっと見る


トレンド→

 

特集

関連ニュース

ピックアップ

新着ニュース→

もっと見る→

トレンド→

もっと見る→

注目タグ