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永井豪先生も恐れた!? 祟る「鬼の首」とは

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画像はイメージです。

 まずは、右の写真を見て欲しい。黒い漆塗りの厨子の中に一枚のセピア色の写真が納められている。所々色あせた古ぼけた写真には、大写しになった人の頭蓋骨−−−いや、両こめかみの上に生えているのは、二本の尖った『角』ではないか。

 そう、これが岐阜県郡上市の古刹・念興寺に伝わる「鬼の首」である。

 こちらの「鬼の首」は元禄7年(1694年)、二十代目の住職の頃にこの地で逝去した粥川太郎右衛門より、供養を引き受け預かったものとされている。彼の先祖である藤原高光という人物が、この近隣にある瓢ヶ岳(ふくべがたけ)を根城に人々を苦しめていた鬼を退治した。その鬼の首がこの写真の主なのである。

 昨年、山口敏太郎自身も岐阜県の観光ツアー『長良川おんぱく』の一プログラムで岐阜妖怪ツアーを企画、寺に参詣して実物を確認した。「鬼の首」は本堂の厨子に安置されており、サイズは普通の人間よりやや大きめに見える。拝観した記念に是非とも写真を…と思うところだが、実はこの「鬼の首」は「写真を撮影すると何かしらの障りがある」と言われている。

 かつて、漫画家の永井豪先生が漫画『手天童子』執筆の際に取材としてこの寺に参り、安置してある「鬼の首」を資料として写真撮影したところ、その直後から周囲で異変が続発。やむなく撮影した写真を手放すと、怪異はぴたりと止んだ…という逸話が残っている。

 永井豪先生の「鬼の首」写真のその後については諸説あり、寺に納めて供養したなどの話もあるが、漫画家の森園みるく先生が譲り受け、現在はつのだじろう先生が所持しているとされている。

  さて、この「鬼の首」であるが、ツアー事務局のK氏が実は代々堂寺の檀家であった。さらに、彼は子供の頃に祖父から奇妙な話を聞いている。祖父が寺の蔵を掃除した際に、表向きに公表されている「二本角の鬼の首」とは違う「一本角の鬼の首」が安置されているのを目撃した経験があるというのだ。さらには、檀家の人達がその首を掃除した途端、空がにわかにかき曇って周囲に豪雨が降ったという。

 果たして、この「一本角の鬼の首」は何なのか。「鬼の首」は何も語ることなく、厨子の中に鎮座している。
(山口敏太郎事務所)

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