ゆえに、先に美姫さんが身につけていたり、持っている鞄などがかぶったりすることは、美姫さんに対する挑戦とみなされ、その店に長くいられないという変な風潮があった。
新人の嬢のうちは、何も知らないで憧れているが、だんだんわかってくるとおしゃれ一つとってもいちいち美姫さんが使ってる物かどうか気にしないといけないので、非常に面倒であった。実際に美姫さんに憧れた新人キャバ嬢が、彼女と同じ限定品メイク道具を入手して使っていたら、その嬢は美姫さんのとりまきに嫌がらせを受け、やめていった。
「メイク道具ごときで器小さいな」と思ったけど、どちらかといえば美姫さんのとりまきの方がすごい過敏だったかもしれない。
そんな中起きた事件。新人嬢メイはだいぶ店にも慣れてきたため、オリジナルの名刺を作ることになり、店が委託している名刺業者さんにそこそこカスタマイズした物を作ってもらうことにした。
大体は名刺の紙質にちょっと差があったりとか、文字が箔押しだったりする。メイは気合いが入っていて、「わたしもすごいの作る!」といって名刺のデザインを必死で選んでいた。
それから半月後。名刺業者の方が営業前に出来上がった名刺を納品していった。どんなのにしたの、と見せて貰ったら。なんそれは美姫さんと全く同じ造りだった。実は美姫さんデザイン系の専門学校で勉強していたため、そのスキルを活かし、自分の名刺は並々ならぬこだわりを持って作ったらしい。しかも自分の全身写真をあしらって作られている。メイの名刺はほぼ同じ形で、全身写真、衣装にいたるまで同じ。丸パクリじゃないといったところで誰が信じるのと思うほど、酷似している。
「それ、美姫さんのデザインじゃないの!」
「えへ、真似っこしちゃったぁ」
慌てて新人用の名前を手書きするだけの名刺をカウンターからひっつかんで、「また作り直すまでこれで当面間に合わせなよ」というとたちまちメイはキレた。
「なんで! せっかく高いお金払って作ったのに!」
「これは絶対まずいから」
納得がいかないメイをどうにか無理やりなだめて、今日の営業に突入。メイは美姫さんのお客様の連れて来た新規のお客様についていた。そしてしぶしぶ名前を記入するだけの名刺をお客様に差し出した。美姫がそれに気づき、
「あら、まだ自分用の名刺出来てないの?」
「作ったんですけど、さなちゃんがいうには美姫さんの…」
「あああ、なんか名刺屋さんの手違いで、名前誤植しちゃってまた作り直してる最中なんですよー!」
隣の無関係のお客様の席から、お行儀良くないけど、慌ててフォローに走ったわたし。
「そう、じゃぁもっと素敵なお名刺にしてもらってお客様に渡さないとね」
と、笑顔でいう美姫さん。
「これなんですよー。美姫さんの真似っこさせてもらったんです。すんごいかっこいいじゃないですかぁ。なのにさなちゃんが、これじゃダメだっていうからぁ」
わたしが油断した隙に、メイは美姫さんの席で自爆した。
あー…遅かった。もう知らない。
自分がこだわり抜いて作ったものをいとも簡単に真似されたら、美姫さんじゃなくったって気分はよくないと思う。憧れてるからという理由は、美姫さん相手では免罪符にもなりゃしない。
メイはそれから予想以上にすぐやめた。あの真似っこ名刺、どうしたのかな。結構な値段したはず。
文・二ノ宮さな…OL、キャバクラ嬢を経てライターに。広報誌からBL同人誌など幅広いジャンルを手がける。風水、タロット、ダウジングのプロフェッショナルでもある。ツイッターは@llsanachanll