似ている。いつも変わらずペロッと舌を出し、キュートな笑顔で首をフリフリしながら、立っているあの人に…。魔力の宿った微笑みを、不○家のシンボルキャラクターと重ね合わせてしまうのは記者だけではないはず。さすがは「濱ちゃん」の愛称で親しまれ、一部ファンから「笠松一の癒し系ジョッキー」とも呼ばれているだけはある。とにかく、この笑顔の吸引力はすごい。
1976年10月20日にデビュー。記者が生まれる前からすでに騎手として活躍している大先輩を、恐れ多くものっけからペコちゃん扱いしてしまったが、濱口楠彦騎手は地方通算成績1万6762戦2151勝(JRA通算53戦1勝)を誇る。いうまでもなく笠松のトップジョッキーの一人だ。
だが、そんな笑顔の絶えない“いぶし銀”は47歳を迎えたこの春、苦悩の日々を送っていた。「浦和は難しいですね」。騎乗1週目の浦和開催、積み上がる着外の数に、思わずため息をついた。人気馬に騎乗しての不甲斐ない結果もあっただけに、ファン、馬主、調教師ほか厩舎関係者…多くの期待を裏切ってしまったという責任を感じていた。
小回りで直線が短い。コースの規模は笠松と大きな差はないが、浦和は1600m戦が3角ポケットからのスタート、枠順の有利不利が大きいなど地元とはまた違った独特の難しさがある。「先行馬が粘ることが多かったり、先行していても他馬が競りかけてくるタイミングが早い」。“アウエー”の洗礼を受けたベテランはペース配分や仕掛けどころの見極めに戸惑いを感じていた。
昨年はJRAのワールドスーパージョッキーズシリーズ(阪神競馬場)に出場。第3戦のゴールデンサドルTをアドマイヤディーノで制してJRA初勝利を挙げるなど、騎手生活30年を超えてなお、その豪腕ぶりは衰えを知らない。そんな名手でも、「1勝できて、やっぱりホッとしましたよね」。初勝利を目指す新人騎手とかわらない、1勝の重みを改めて肌で感じたという。
「競馬は日々勉強です。本当にいい経験をさせてもらっている。勝負ですから心で泣いても、顔は笑っていたい」。勝利の後の会心の笑み見たさに、ついつい応援にも力が入ってしまう。笑顔の魔力にすっかりはまってしまっている記者だが、その懐の深さには見習うべきものも多い。