この作品は、過去にクレージーキャッツが出演した映画を観たことがあるかないかで、かなり印象の変わる作品となっている。それまでの同グループの作品にはない、暗さや、空しさがこの作品にはちりばめられている。全盛期のクレージーキャッツはバンド活動の他に、コメディ映画などに出演し、そこでバンドをPRする方式をとっていた。ドリフターズのように、その後、メンバーは俳優やコメディアンとして活躍し、再び結集したのがこの作品となる。暴れん坊おバカのハナ肇、無責任男の植木等、「ガチョーン」のギャグや、おっちょこちょい課長で有名な谷啓などなど。視聴者がイメージするキャラクター像を一切廃し、ただの定年間際の社員になっているのがこの作品だ。特に主役である花岡始を演じるハナ肇は、定年間際の寂しさがセリフや動きで強調されており、『馬鹿が戦車でやって来る』などで見せた、クレイジーさのかけらもない。
おそらく、リアルタイムで同グループを追っていた人たちには新鮮で、自分にも重ね合わせられる要素があるので、感情移入もできるし、強く印象に残るものだったはずだ。最後の全メンバー集合作品としても、揃ってのバンド演奏シーンが収録されており、申し分ないだろう。しかし特に思い入れのない人にとってこの作品は賛否両論かと。大筋のストーリーは定年間際に「若い頃みたいにもう一回ジャズバンドやろうぜ!」というものだが、とにかく暗い描写が目立つのだ。
花岡は出世コースから外れた社員らしい描写が随所にあり、家庭環境も受験に悩む浪人生の長男や、なにかと反発する長女を抱えており、決して良くはない。おまけに花岡自身も無趣味だ。当時はバブル景気の真っ只中。タイ料理店で「どっちの彼と行くのハワイ?」と今風に言うとリア充…、いや彼氏をとっかえひっかえしているビッチか? そういった旅行の話をする若手社員のシーンなども挟まれるので、その対比で、より花岡の虚無感が強調される。また、劇中、千鳥足で植木演じる上木原等が、「今の日本は俺たちが作ったんだぞ!」と叫ぶ部分で、当時の現実社会で軽んじられる、戦後一桁台の定年間際のサラリーマンを代弁しており、当時の消費社会への皮肉もこめられている。
これで、ラストに格好いいバンド演奏を見せてビシっと終わらせてくれれば、スッキリもするのだが、そう簡単に爽快気分にさせてくれないのがこの作品だ。花岡の家でひと悶着ある。これも当時の社会問題に関する出来事をネタにしているのだが、これがかなり重い。定年間際の社員に、バンドを通して若い頃の記憶を蘇られせた直後にこの仕打ち…。かなり残酷だ。
一応終盤に、花岡が会社の部下の女性のために、男気を見せるシーンがあるにはあるのだが、そこもイマイチ爽快感にならない。なぜかというと、構成の問題で、そのシーンの印象が極めて薄いからだ。何気ない風景の描写や、頻繁に起こる細かい場面変換がストーリーを追うのを面倒にしている。流し見をしていると肝心な部分を見逃して、なにがなんだかわからぬまま終わる可能性もある。
過去の同グループのコメディ映画のように面白おかしく、そして騒がしく、バンド練習などの描写ばかりでする訳ではないが、この作品の構成は確実にアイドル映画のそれだ。個々のエピソードがとにかく断片的で、若い頃の個々のキャラクター像を知っている前提で、そのギャップを楽しむものとなっている。加えて、メンバーが酒を呑みながらジャズ談義に夢中になる、アドリブを疑うシーンなども挿入されており、ここはグループのファンへの大きなサービス要素だろう。
しかし、その辺のアイドル性を感じないとこの作品の印象は全く変わったものになる。とにかく暗すぎる部分だけが強調されてしまうので、「この暗い映画、何が楽しいの?」と言いたくなるほどに。まあ、市川準監督らしい、あのなんとも言えない虚しさは出ているのだが、好きではない人には全くハマらない。出演者の別の顔が見られたから「これはこれであり!」という許容がない場合は、凄まじく鑑賞者を選ぶ作品だ。
あと、この映画を観る場合の注意だが、動画サイトなどでDVD宣伝用であがっているPVは確認しないで、観ることをオススメする。動画ではとにかくバンドの部分が強調されており、極端なことを言うとPV詐欺レベルだ。ある意味宣伝動画としての構成は上手いが、本編を観ると困惑すること間違いなしだ。ぜひ本編を観た後、動画を確認して欲しい。おそらく、その見せ方の上手さに感心するだろう。
(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)