訳があった。店はガード下にあるが、プラットホームのちょうど真ん中に位置しているため、ホームに各電車はゆるゆる停車する態勢で入ってきて、ゆるゆると発車してゆく。
だから静かなのだ。カウンターの、長いほうの板を取り仕切るおばさまも、観察しているとゆるゆるの停・発車を心がけている。急ブレーキ、急発車は体に悪いし事故のもと。おばさまは、わかっていらっしゃるのである。そのおばさまが、今は使用していないが昔は2階があって、それも騒音のクッションがわりになっているかも、と教えてくれた。
JRつながりがもうひとつあった。国鉄時代、列車の横腹に収納されていた行き先表示板が飾ってあって〈鹿島神宮―佐原〉。店の初代が千葉県の佐原出身なのだった。わたしは血族関係の一親等、二親等まではついてゆけるが、それ以上は混乱するたちなので、千代田区東神田と荒川区の三河島にあるという、暖簾分けした佐原屋の親戚関係は聞いても頭に入らなかったが、台東区のこの本店がもともと酒の卸しをしていたこと、とにかくここが本家であると念押しされた。
ご常連がいずれも健啖(けんたん)家ぞろいで、揚げ物、天ぷら系統を召し上がっているので便乗してみた。豚ぷら、めごちとも結構でありました。箒(ほうき)の実であるとんぶりは秋田の県産品だが、まぐろのやまかけなどにあしらわれていた。温泉玉子は口直し用に、100円。
アメ横では、スポーツ店の放出する耐久性の高いダンボールの配給をうける、路上生活者の長い列が出来ていた。その脇を、外国人観光客がカメラ片手ににぎにぎしく行き交っている。ひとり暮らしらしいおばあさんが、ブツ千円、ブツ千円という声に誘われて魚屋に入ってゆく。今はいい。今はまだいいけれど、ガード脇の煌々(こうこう)たる灯が消えて、威勢のいい掛け声が消えて、御徒町駅や上野駅の終電が果てて、しーんと静まり返ったときのこの町の底知れない深淵におびえて、みんながはしゃいでいた。ここは同じガード下でも、東京駅や有楽町駅のようには整備されていない。整備する必要がないから、今後もこのままなのだろう。
予算2200円
東京都台東区上野5-27-5