この「油すましどん」は、首のない石の仏像が両手を合わせている。この石像は、栖本町河内地区の山中にあったのだが、40年ほど前の町道拡張工事の際、私有地に移転されたという。
山口敏太郎事務所も2回熊本県栖本町に足を運び、町役場関係者の案内のもと現場で「油すましどん」を撮影し、東京スポーツに掲載した。なお「油ずまし」が正しい発音とする見解もあるが、伝承者を含め同地では「あぶらすまし」と発音されている。
この「油すましどん」が柳田国男が「妖怪名彙」で報告した妖怪「アブラスマシ」と同一かどうか完全には確定することはできない。ただ、場所と名称は一致しており、関連のある妖怪であることは間違いないだろう。
郷土史家の浜田隆一氏の著書『天草島民俗誌』には、峠道で老婆と孫が歩いている時、老婆が油すましのことを思い出し、「ここには、昔、油瓶を下げた妖怪が出たそうだ」と言うと、「今も出るぞ」と言って油すましが出てきた、という言い伝えがあるという。
また、『天草島民俗誌』にある「うそ越」という場所の話によると、2人の旅人が夜遅くに同所を通りかかり
「昔はここに、血のついた人間の手が落ちてきおったそうだ」
と言って、お互いにぞっとして顔を見合わせた瞬間に
「今も――」
と声がして、血のしたたる手が坂を転び落ちてきたという。二人は驚いて思わず早足になり、少し先に行ってから、また
「ここには生首が落ちて来おったそうだ」
と口にすると、すぐにまた上の方から
「今ああ……も」
と声がして、生首が目の前にころころと転げ落ちてきたという。2人はもう、たまらず一生懸命に駆けだしたそうだ。
出現場所は違うのだが、油すましの言い伝えと酷似した言い伝えだ。こちらのほうがやや残虐な話ではある。この話は「イマモ(イマモー)」という妖怪の仕業とされているが、この話を基にして「油すましどん=イマモ」と考える人々もいるよう。ただ、イマモの出現場所は熊本県天草諸島下島。油すましの出現場所とは異なっており、その真偽は不明のままだ。
なお、この「油すまし」とは、地元の方言で「油を絞る」という意味らしい。もともとは”すべりみち”という子供の遊び場付近で菜種を採集しにいった老人が行方不明になったことが、伝説が生まれたきっかけという。
老人を供養するために地蔵が建てられ、その後、言うことを聞かない子供をしつけするために「油すましが出るよ」と諭されるようになり、その話が発展して妖怪「油すまし」という伝説が成立したようだ。
(山口敏太郎)
妖怪「油すまし」の墓?:天草宝島観光協会
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