「真中監督を引き止めようとしたのは本当です」(チーム関係者)
理由はいくつかある。まず、選手の人望があること。事実、退任を発表した8月22日、バレンティンは「寂しい。退任は監督のせいだけではない」と“撤回”を訴えるようなコメントを出していた。
「真中監督によれば、7月下旬、衣笠剛球団社長と進退について話し合ったそうです。同社長は日大の出身。日大の後輩にあたる真中監督をかわいいと思っていました」(取材記者の一人)
また、ヤクルトは“連敗に対する免疫”もあった。就任1年目の2015年、真中監督はリーグ優勝を果たしたが、同年5月に9連敗も喫している。
「(連敗で)今後どうなるのかなという不安もあったが、逆に吹っ切れたというか、とてもいい経験をさせてもらっているなと捉えられるようになった。この先、2年になるか3年になるかわからないけれど、監督を務めていくうえで必要な試練を与えてくれているんじゃないか、と…」
優勝直後の共同インタビューでそう語っていた。「連敗しても、それを糧にする」との認識をチーム全体が持っていたのだ。
しかし、今回の退任会見で真中監督はこうも語っていた。
「僕が勝つ自信がありませんので、そんななかで引き受けても失礼だなと…」
ヤクルトは2010年の高田繁監督(現DeNAゼネラルマネージャー)の退任以降、指揮官には「次期監督候補」に二軍監督や一軍主要コーチを経験させてきた。高田監督(当時)の後を引き継いだ小川淳司ヘッドコーチ(現シニアディレクター)は二軍監督も経験している。そのときに掴んだ選手の性格を生かした采配が的中したからで、真中監督はその“指揮官教育の一期生”でもあった。
契約通りにいけば、真中監督は来季終了まで指揮を執るはずだった。現時点で後任として最有力視されている高津臣吾二軍監督を、もう少し勉強させたいとすれば、ドロ沼の連敗中も慰留に努めたのも合点が付く。先のチーム関係者によれば、7月中の衣笠球団社長との話し合いの場で、真中監督はすでに辞任を申し出ていたという。今回の退任会見は同社長の了承を得て行われたとのことなので、後任に関しても“目星が付いた”と見るべきだろう。
「高津二軍監督は指揮官1年目で最下位だったヤクルト二軍を3位まで押し上げました」(前出・取材記者)
12年、独立リーグ・新潟で監督兼投手も務めている。今回、元新潟の選手に『監督・高津』を聞いてみた。
「指導内容が分かりやすかった。たとえば配球で、なぜ、あの場面で低めに投げるべきだったのかを説明してくれたとき、的確にひと言かふた言で教えてくれる。ミーティングでの話も短く、でも印象に残る言葉ばかり」
期待が持てそうである。
だが、高津二軍監督の登用を前倒ししたとしても、チームは本当に強くなるのだろうか。
「去年の後半から、正直、今年に懸けていた」
真中監督は退任会見でこうも語っていた。
敗因は分かっている。2月のキャンプ中に川端が椎間板ヘルニアで離脱し、さらにバレンティン、畠山、雄平、大引などの主力を欠き、投手陣では秋吉、小川、山中なども故障してしまった。前半戦はベストメンバーを組むことすらできなかった。フロント幹部が真中監督をかばうのも分かるが、「なぜ、故障者が続出したのか」、その原因を追求し、改善しなければ、後任監督も同じ轍を踏むことになるだろう。
大型連敗しても優勝できた15年と今季の違いがひとつだけある。15年の真中監督は動かなかった。選手の調子が上向きになるまで待つことができた。しかし、今季の14連敗中、真中監督は打線変更、小川のリリーフ転向などチームを動かしている。泰然自若の指揮官を、動かなければならないほど追い込んだ責任はフロントにもある。