6月末にIMFへの16億ユーロ(約2200億円)の返済期限が迫る中、ファイナンス(借り入れ)の見込みは立たず、ギリシャ政府と債権団の協議も6月14日に物別れに終わった。しかも、両者ともに「態度を硬化させる」形の物別れであった。
ギリシャのチプラス首相は、自らに、
「ギリシャの尊厳を守る責任がある」
として、債権団側が要求している一段の年金削減などについて“拒否”する姿勢を鮮明にした。
カネを借りている側が、何を言っているのかと思われたかもしれないが、チプラス首相の態度は、実は「国民主権国家の首相」としては正しい。
チプラス首相が率いるSYRIZA(急進左派連合)は、民主的な選挙において、「緊縮財政を実施しない」を公約に掲げ、政権を奪取したのである。
チプラス首相が債権団側の求める年金削減などの緊縮財政を呑むと、「民主主義に反した」ことになってしまうのだ。
とはいえ、現実にギリシャ政府はフランスやドイツの銀行などの債権団からユーロを借りている。さらに、2012年に本格的なデフォルトを回避するために、IMFなどの国際機関からもユーロを借りた。
現在の「国際秩序」の上では、外国から借りた対外負債(外貨建てもしくは共通通貨建て)は「政府の責任」で返済しなければならない。政府の責任とは、主権者が国民の場合は「国民の責任」とイコールになる。
対外負債を返済できず、デフォルトに陥った国は、国民の主権を制限され、IMF管理の下で緊縮財政と構造改革を強制されることになる。
チプラス首相、そしてギリシャ国民は、国民が主権に基づき政策を決定する「民主主義」と、「国際秩序」との間に挟まれてしまっているのだ。
さて、ギリシャ情勢がいかなる結末を迎えるのか、現時点では誰にもわからないが、確実なのはギリシャがユーロから離脱しない限り、国民の主権に基づき「経世済民」を追求する国には戻れないという点だ。
何しろ、現在のユーロ圏は完全にドイツの“帝国”と化してしまっている。
先日、フランスの歴史人口学者・家族人類学者、エマニュエル・トッドの著作『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』が、文春新書から刊行された。オランド・フランス大統領を「ドイツの副首相」と呼ぶトッド氏は、現在のユーロ圏が「ドイツによる新たな帝国である」と表現している。
そもそも、共通通貨ユーロは米英のアングロ・サクソン流グローバリズムに対抗するべく、フランスが音頭を取り、実現したシステムだ。
ところが、現在はユーロの仕組みそのものが「ユーロ・グローバリズム」の下で、各国が互いに所得を奪い合う戦場を作るに至っている。
そして、現時点の勝者であるドイツが、ユーロ圏を“ドイツ帝国”として、事実上、支配下に置いてしまったという話である。
何を大げさなことをと思われたかも知れないが、実は現在のユーロ圏は、冗談でも何でもなく「定義的に」ドイツの帝国と化しているのだ。
そもそも“帝国”とは何だろうか。
古のローマ帝国や中華帝国の頃はいざ知らず、イギリスのインド支配以降の、いわゆる“帝国主義”の時代において、帝国とは、
「相手国の国民の主権を奪い、所得を自国へと還流させる」
システムを意味するようになった。日本国民の多くは“帝国主義”について、
「他国を植民地として支配する」
と、漠然と理解しているだろうが、帝国の本質は「所得の収奪」にある。相手国の国民から主権を奪った上で、自国に所得が「チャリン、チャリン」と還流していく仕組みを構築するのだ。
結果的に、被支配国の住民(主権がないので、もはや“国民”ではない)は貧困の中で喘ぎ続け、支配国に富が蓄積されていくことになるのである。
例えば、インドを「イギリス領インド帝国」と化したイギリスは、同国の市場に自国産綿製品を雪崩れ込ませ、貿易黒字という形で所得を自国に流入させた。
あるいは、ベトナムを植民地にしたフランスは、現地に橋を建設し、ベトナム人から通行料を徴収し、所得収支流入という形で所得を自国に流入させたのである。
そして、現在のユーロ。ユーロ加盟国はマーストリヒト条約などの「国際協定」に縛られ、国民は主権の一部を失っている。例を挙げれば、関税自主権であり、金融主権だ。
そのため、ユーロ加盟国は関税や為替レートの変動という「盾」なしに、互いに「フェア」な競争を強いられているのである。生産性が異なる国同士が「盾」なしでフェアに競争した場合、間違いなく高生産性国が勝利する。
ユーロ圏はドイツという勝ち組と、ギリシャやスペイン、ポルトガルなどの負け組に綺麗に分かれていった。ユーロ加盟国は生産性でドイツを上回らない限り(ほぼ不可能だ)、毎年、貿易赤字としてドイツに所得を献上することになる。
さらに、ドイツの貿易黒字は(例えば)ギリシャ国内に投資され、今度は所得収支として所得がドイツに流出することになるのである。
最終的に、ギリシャに代表される負け組は、必ず対ドイツの対外純負債が拡大し(統計的に必ずそうなる)、資金的な融資を受けざるを得なくなる。
すると、現在のギリシャのように、更なる主権喪失と金利の流出という憂き目に遭うのである。
ギリシャがユーロに残留している限り、対策はたった一つ。ギリシャ国民がひたすら貧乏になりながらも、ユーロ圏における価格競争力を回復すること。こんな、情け容赦ない「搾取のシステム」こそが、現在のユーロなのだ。
ユーロ加盟国の国民が“ドイツ帝国”に支配されているという現実に気が付き、ユーロ離脱を志向しない限り、ユーロの危機は永遠に続く。
果たして、ギリシャ政府は、そしてギリシャ国民は、「ユーロ離脱」という、たった一つの正解を選択することができるのだろうか。ユーロから離脱しない限り、ギリシャは債務問題がいかなる決着を迎えようとも、ドイツ帝国の支配下で国民が苦しみ続けることになるのだ。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。