光浩はジムの谷山歳於会長から尋ねられた。
「キックボクサーになりたいのか?」
「もちろんです」
「だったら近所にアパートを借りて、毎日ジムに通いなさい」
「えっ!?は、はぁ」
もちろん毎日のジム通いに不安などない。それより、生まれて初めて1人暮らしをすることの方が不安は大きかった。「家族と離れ、自分1人で生活していけるのか…」
しかし、キックボクサーを目指すと決めた以上、ほかに道はない。光浩は間を置かずに伊勢原へ引っ越し、その日からジムに通い始めた。
谷山ジムは、後にK-1MAX日本王者になる城戸康裕選手や、MA日本キックでフェザー級王者になる駿太選手といった強豪ぞろい。日本キック界でトップクラスに君臨する選手たちのトレーニング風景を目の当たりにした光浩、まだ自分の意志が甘かったことを悟り、そして今まで過ごしてきた日々に思いを馳せた。
決して無駄だったとは思わないが、もったいなかったとは思う。人生のすべてをキックに捧げ、トレーニングに打ち込まなければ、頂点にたどりつくことはできない。
そう決心した光浩は早朝に走り込みを始め、ジムではウエートトレーニングにも積極的に取り組んだ。幸い伊勢原では生活を支えてくれる人もいる。食生活もキックに合わせて、タンパク質中心のメニューに変えた。おかげでスリムな肉体には筋肉が付き、まさに格闘家のボディーへと変身した。
しかし、選手としてはまだまだこれから。今はアマチュアの試合に出場しているが、なかなか自分の思い通りに試合を運べないだけではなく、スタミナも保たない。それでも1戦ずつキャリアを積むごとに、自分のファイトスタイルができつつあることへの手応えを感じている。
入門から1年を迎える9月、いよいよプロデビュー戦を迎える。果たしてどのような試合になるのか?期待と不安が入り交じる中、またきょうも光浩はトレーニングに打ち込んでいる。