昔、荒川玄太(宮城)を称して「天災と玄太は気がつかないときにやってくる」と本紙評論家の故・川上信定さんが言っていたものだが「気がつかない」時に来るにしても力がないと追い込んではこれない。どこのコースでも突っ込む気力がないと駄目。玄太も久米も、その点は潜在能力があるから「穴男」になれたのだ。
久米は平成4年6月にデビュー。防府のプロ初戦は1着だが、A級優勝まで3年半、S級優勝はそのあと6年、平成13年10月の四日市だった。
まさに「石の上にも3年ならぬ10年」と徐々に強くなり、平成12年からGI、GIIにも選考されはじめた。
平成12年の豊橋ふるダビでは(3)(3)(5)(8)で、一次予選は峯芳暁(栃木)、田川辰二(熊本)の3着。
当時、豊橋は3連単がなかったが、初日はまさにラインなしのばらばらゴール。1、2着が万車券になっていたから3連単があれば10万円以上にはなっていただろう。
大穴を出したのは平成14年の宇都宮・共同通信社杯。(1)(1)(6)(6)と活躍、一次予選では金子貴志の先行をまくった井上貴照(群馬)を大外から追い込んで1着。2着紫原政文(福岡)3着井上で、3連単は10万5220円の大穴となった。
勢いに乗った久米は二次予選も一丸安貴(愛知)を追い込んで2着が小倉竜二(徳島)3着一丸で6万6080円と暴れまくった。
このところの久米は近畿ラインで結構人気になっているが、今年も得意の宇都宮GIIIで(9)(7)(1)(2)と初日特選は惨敗したものの、3日は竹内公亮(岐阜)を使って1着。最終日も沢田義和(兵庫)の2着と、沢田に1/4輪まで詰め寄る出来を見せている。
残念ながらびわこの高松宮記念杯には出られなかったが、7月5日の寛仁親王牌には出場が決まっている。
33バンク向きではないが、平成16年の前橋では最終日に沢田と乗って、沢田が山崎芳仁(福島)の先行をまくって勝っているレースの2着にぴたり流れ込んでいる。山崎にとってはこのシリーズがGI初デビューの場所だった。
師匠の南昇に鍛えられた久米。寛仁親王牌あたりが狙いごろになってくるのではないだろうか。
「石の上にも3年」が座右銘の久米、一戦一戦、戦う姿勢は好感が持てる。また大穴を出して「穴男」の真価を発揮してもらいたいものだ。