二宮と言えば、10月6日に波瑠をヒロイン役に主演映画「アナログ」が公開。KAT-TUNの中丸雄一、Hey! Say! JUMPの山田涼介、Sexy Zoneの菊池風磨とのYouTubeチャンネル「ジャにのちゃんねる」も絶好調で、チャンネル登録者数はジャニーズ最多の404万人となった。
後輩に与えた影響力も強く、今年の「24時間テレビ」(日本テレビ系)でメインパーソナリティーを務めたなにわ男子の西畑大吾は、二宮の大ファン。プライベートでも交流し、CM共演も成就させた。意外なところでは、NEWSの加藤シゲアキも二宮で運命を変えた。
>>嵐・二宮、Snow Man・向井の失礼言動炎上をフォロー「俺は何とも思ってない」<<
NEWSは今年がデビュー20周年。小山慶一郎、増田貴久がそれぞれのパーソナリティーを生かした仕事に恵まれる中、加藤は作家としてのポジションを確保した。
12年に処女作「ピンクとグレー」(角川書店)を上梓すると、累計発行部数40万部を超えるヒット。Hey! Say! JUMPの中島裕翔初主演で映画化もされた。21年に「オルタネート」(新潮社)を発表すると、直木賞と本屋大賞の候補に挙がり、第42回吉川英治文学新人賞を受賞した。
昨年は作家生活10周年。“先生”として歩みを止めないが、最初の一歩を踏み出すきっかけは二宮だった。
二宮は、嵐で松本潤がドラマ「金田一少年の事件簿」(日本テレビ系)、「花より男子」(TBS系)といった大ヒット作と出会っていた頃、くすぶっていた。そこで、ジャニーズ事務所に「なんでもいいから仕事をください」と直談判。教えられたのが、クリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」(06年)のオーディションだった。突破できる自信はなかったが、監督と話せばネタになると思って受けると合格。ジャニーズ初のハリウッドデビューという栄誉を手にした。
行動力を結果に繋げた二宮に、加藤は刺激を受けた。NEWSは03年のデビュー時は9人グループだったが、主力メンバーが次々と脱退。後方の端が定位置だった加藤は、必然的にポジションが昇格した。それでも迷走していた。そんなある日、テレビで二宮が、直談判の末にハリウッドデビューしたことを語っていた。
番組が終わった直後の夜11時頃、加藤は事務所関係者に電話した。相手は日本を離れていたため、会って話ができるまでにやや時間が掛かったが、後日、「書くことだったらジャニーズの誰よりもやってきたので、いつか挑戦してみたいと思ってます」と熱意を伝えた。事務所は本気を試すため、1か月のノルマを定めた。加藤は見事に小説を書き上げ、ジャニーズアイドル作家のパイオニアとなった。
10月25日には、書き下ろし長編小説「なれのはて」(講談社)を出版する。アイドル×作家の二刀流は、俳優×YouTuberの二宮に通ずるものがある。
(伊藤由華)