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小室哲哉氏が罪滅ぼしで共演を承諾するも、華原朋美の奇行に激怒?【芸能界、別れた二人の真相】

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華原朋美

 歌手の華原朋美が14日、足掛け20年にわたって所属していた「プロダクション尾木」(以下:尾木プロ)と契約解除したと発表された。事務所が各メディアに送った書面では「本人からの申し入れもあり」とし、双方合意の上で解約に至ったと退社への経緯を記していたが、『週刊文春』(文藝春秋)9月24日号では、華原はクビになったと報じられている。

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 その理由として、同誌は若い頃から乱用していた精神安定剤や睡眠導入剤などの薬をやめられていないことを挙げている。その影響で、撮影現場でも目がうつろで、ここ2年くらいは仕事もお手上げの状態だったようだ。実は、華原の薬物乱用疑惑はこれが初めてではない。

 華原というと、音楽プロデューサーの小室哲哉氏に見初められ1995年にメジャーデビュー。『I BELIEVE』『I’m proud』などミリオンヒットを連発したシンデレラガールだ。日本レコード大賞をはじめとする音楽界の名だたる賞を総なめ。『NHK紅白歌合戦』には96年からの3年連続を含む5度の出場を果たし、国民的歌手として一世を風靡した。

 当時、華原と小室氏は交際に発展。華原にとって、おそらくこのときが人生で最高の瞬間だったのかもしれない。ところが1999年1月、メディアは2人の破局を報じ、後に華原は芸能活動を一時休止することとなる。
 「小室氏のイニシャル『T・K』にちなみ芸名を『遠峯ありさ』から華原に改名。交際をオープンにして仲の良さを見せつけていましたが1997年1月、『FRIDAY』(講談社)が元俳優・小橋賢児さんの自宅から朝帰りする華原をキャッチ。このときは“疑惑”で済みましたが、次第に小室氏はわがままな華原に疲れていったといいます。そして、99年1月に華原は自宅でガス中毒騒ぎを起こし、救急搬送。一時は意識不明となり、自殺未遂説も流れました。実はその頃、小室氏は元dosの元妻・Asamiと深い関係になり、同時に妻のKEIKOとも交際していたという噂も。華原は破局の理由について、15年の自著『華原朋美を生きる。』(集英社)で、『勝手に終わりました。別れ話とかしていない。急に空気が変わって、マネージャーさんもいなくなって』と突然、小室氏に捨てられたことを告白。同年5月に小室氏はAsamiとの再婚と妻の妊娠を発表していることから、華原は不要になってしまったというわけです」(芸能ライター)

 同年同月、華原は小室氏と決別し、尾木プロに移籍。ところが、その1週間後に華原は倒れ、再び救急搬送された。
 「心身のバランスを崩した華原は、同年同月に芸能活動を休止しました。度重なる騒動を経て2000年には休養に入るも、奇行や仕事のドタキャンなどが原因で07年6月に一度事務所を解雇。12年には復帰を遂げていますが、13年放送の『24時間テレビ36』(日本テレビ系)に生出演した華原の兄が、依存症との戦いの壮絶さを語っていました」(前出・同) 

 そして、同年放送の『FNS歌謡祭』(フジテレビ系)では、小室氏との共演が実現し、大きな話題を集めた。
 「小室氏は、自分のせいで華原を追い詰めたことに責任を感じ、共演の承諾や曲の提供をしたという話です。歌唱後の華原は小室氏に駆け寄り握手を交わす一幕も。ところが、華原のこの突発的な行動に小室は大人の対応はしたものの、激怒してそそくさとステージを降りたといいます」(テレビ関係者)

 「栄光と転落」の人生を歩んだ華原も今では1児の母だ。16日に開設したYouTubeチャンネルはハイペースで動画が更新されているが、ろれつが回らず、目はうつろ。心配の声が相次いでいる。

 かつての歌姫はどこへ向かっているのだろうか。

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