四代目鶴屋南北による怪談ものの傑作、四谷怪談は田宮伊右衛門が隣家の伊東喜兵衛と結託し、妻のお岩に顔がひどく崩れる薬を飲ませ、喜兵衛の娘と伊右衛門の結婚を画策する。その後、お岩の怨念が様々な怪異を引き起こすのは皆さんもご存じの通りだ。
四谷怪談は、芝居小屋の中村屋で上演される際に「忠臣蔵」と合わせて興行するという手法をとっている。四谷怪談の登場人物は「仮名手本忠臣蔵」の登場人部と一部が被っており、忠臣蔵の外伝という体裁だった。そのため、2つの芝居でキャラクターが違った姿を見せるという楽しみもあった。
また、毒を飲んで顔が崩れたお岩がもだえ死ぬシーンを筆頭に、怪談ものならではのおどろおどろしくも趣向を凝らしたシーンが多数登場。役者の迫真の縁起や、心霊現象を再現する新しい仕掛けが取り入れられたこともあり、「この芝居には本物のお岩の霊が出てきている」と噂され、評判となったのである。
さて、本記事の画像は有名な浮世絵師・歌川国芳による三枚続きの「芝居絵」というジャンルの浮世絵だ。千葉県銚子市のある人物が所有している。場面は四谷怪談で有名な「砂村隠亡堀」で、川に流したはずの戸板が伊右衛門のところに偶然流れ着く「戸板返し」のシーンだ。この絵ではひどくゆがんだお岩の姿が真ん中に描かれているが、舞台では一人の役者が舞台上で即座に衣装を着替える早替わりで、怨霊の恐ろしさを表現するシーンとなっている。
登場人物の横には役名と現代も続く有名な歌舞伎役者の名前が並んで書かれており、左から田宮伊右衛門の五代目市川海老蔵、薬売権兵衛を五代目松本幸四郎、与茂七女房おそでを三代目尾上栄三郎が演じている。現代で考えてもそうそうたるメンバーがそろっているが、このぜいたくな出演者が同座したのは天保7(1836)年7月に森田座で行われた公演のものだそうだ。
長かった梅雨も明け、夏本番となった今だからこそ「四谷怪談」で心の底から冷えてみるのも面白いのではないだろうか。
(山口敏太郎)