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過去を消した女たち 第6回 ニン(40) 大きくなった息子に自分の過去を知られたくない…

 かつて日本全国の歓楽街には、「じゃぱゆきさん」と呼ばれた、東南アジア出身の出稼ぎ女性たちが数多く働いていた。売春や夜の仕事などに従事する彼女たちが多くいた色街として知られているのは、横浜の黄金町や長野県佐久市の御代田などである。

 しかし、今、それらの街を訪ねてみても、売春は行われていない。彼女たちがいた名残りとして、タイ料理屋が残っているぐらいだ。

 今回、私が話を聞いたのは、タイ人のニン(40歳)。見た目は、30代前半といったところで、若々しい顔をしている。今から20年ほど前、長野や茨城のスナックで売春をしていた。

 現在、彼女は茨城県に暮らしている。家から車で15分ほどの場所にあるタイ料理屋で話を聞いた。

 店内では、近所に住んでいるタイ人女性だろうか、堂々とお金を賭けながらトランプに興じていた。

 そもそもニンが日本に来たきっかけは、タイでは得られない現金を稼ぐためだった。

「お父さんとお母さんは、農業をやっていたんですけど、あんまりお金を稼げず、助けるために日本で働くことにしました。近所では、日本で働いた女の人が大きな家を建てていて、私も頑張って大きな家を建てたいと思ったんです」

 彼女の出身地は、タイ北東部イサーン地方。タイ国内でも貧困地域として知られるところだ。日本ばかりでなく、バンコクのナイトクラブなどで働く女性たちの多くがここの出身である。

 今では、観光ビザが簡単に取得でき、タイ人が来日することは何も難しくない。しかし、彼女が来日した20年ほど前は違った。

 ニンが来日した2000年代初頭、私は横浜の黄金町でタイ人娼婦たちの取材をしていたのだが、裏金を積まずに入国できたタイ人女性には会ったことがない。彼女たちは、500万円ほどの借金をして観光ビザを取得し、来日していたのだ。

 当然ながら、ニンも借金を背負って来日。日本に着いたその日から体を売った。

「それまでタイから出たことがなかったので、成田空港を出たら、寒いのにびっくりしました。だけど、すぐに仕事をさせられて、洋服を買いに行くまで寒くて死ぬかと思いました」

 彼女が最初に働いた場所は長野県の高原地帯。南国出身の彼女からしてみれば、冷蔵庫の中にでも入った気分だっただろう。

 来日当時、彼女は20歳。ひっきりなしに客が付いたという。

「それでも、1日に相手のできるのは1人か2人だけで、なかなか稼げなかった。もっと稼げるのは、ちょんの間だって聞いて、友達が茨城県にいたから、そっちに移ったんです」

 茨城での仕事も、長野と同じく、スナック客相手に売春することだった。そして、来日して3年がすぎた頃、夫となる日本人と出会った。ちょうど借金も返し終えたこともあり、売春からも足を洗いたいと思っていたという。

「私より20歳年上だったけど、農家の男性で、お金持ちだったからいいなと思ったんです。私も田舎の出身なので、農業をやるのは嫌じゃなかったんです」

 現在、パクチーなどのタイで好んで食べられる野菜も栽培していて、仕事は順調だというニン。時には、東京の上野や長野の歓楽街に行き、タイ人やフィリピン人が働くスナックで野菜を売ることもあるという。

 日本の農村での生活に、すぐ馴染めたのだろうか?

「家と家の距離が離れていて、あまり近所付き合いもなく、私が何をしていたかと聞いてくる人もいないので、気は使わないですよ。周りのタイ人たちも私と同じような仕事をして、日本人と結婚した人ばかり。過去の話をする人なんていないです」

 国際結婚するカップルは離婚率も高いが、彼女は夫婦仲もうまくいっているようだ。現在、高校生になる息子がいるという。

「これは息子の写真です。体が大きいから、柔道をやっているんです」

 何の躊躇いもなく、一枚の写真を見せてくれたニン。写真に映る、紺色のブレザーを着た青年は、丸刈りで細い目をしていた。父親に似たのだろう、目がぱっちとした彼女とは、あまり似ていなかった。

 そんな息子について、唯一、彼女が気にしていることがある。それは、成人が近づいた息子が自分の過去を知ってしまうことだった。

「最近は聞かれないですが、小学生の時には、お父さんとお母さんはどこで出会ったのとか、よく聞かれたんです。『日本だよ』と言えば納得していましたけど、男の人と女の人がどのように出会うのか分かってくると、いろいろと気になると思うんですよね」

 歓楽街を歩けば、今もタイ人女性が働いているスナックを見かける。かつてのような売春は消えたが、以前はそのような場所で、売春がついて回ったのだ。

 子どもができて、スナックで働いていた当時の友人たちと撮った写真などはすべて捨てたというニン。それでも、現在はインターネットなどで検索すれば、かつて多くのタイ人女性が売春に関わっていたことなど、知ることは容易い。

 体を売ったという過去は、彼女の心に、常に不安として付きまとっている。

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