私が彼女に会ったのは、写真を趣味としている知人の紹介だった。その知人は、函館にあるバーで愛理と知り合ったという。
「たまたま入ったバーで写真展をやっていて、飾られていた風景写真が愛理ちゃんの写真だったんですよ。バーに彼女もいて、写真よりも小柄、ぱっちりした目をした彼女の顔に惹かれて、その時、長々と話をしました。それから、お互い写真が好きだったこともあり、仲良くなったんです。それで色々と過去を打ち明けてくれるようになって、風俗で働いていたことも教えてくれたんです。まさか、と思いましたね」
その知人を通じて取材を申し込むと、愛理は応じてくれたのだった。私は、そんな彼女が暮らしている函館を訪ねた。
知人の言う通り、小柄な美人だった。黒髪は肩にかかるほどで、清楚な雰囲気が漂っている。ただ、その雰囲気とは裏腹に、言動は過激だった。
なぜ風俗で働いたのか尋ねると、何の躊躇いもなく言った。
「私、チンポが愛おしくてたまらなかったんです。たくさんのチンポを見たいから働きたいと思ったんです」
そんな衝動に駆られたのは、今から15年前、彼女が20歳の頃だった。
「札幌に近い町で生まれて、高校卒業までそこですごしました。ボーイフレンドもいましたし、初体験も高校時代でした。その頃はセックスにあんまり興味がなかったんですが、高校を卒業後、モデルとかの仕事をするようになったんです。ある意味、女を売り物にする仕事をするようになって、男の人のことを意識するようになったんです。それからですね、男のチンポというものに興味が湧いて、ひとつでも多くのチンポを見たいと思うようになったのは。チンポを見ると、心が安まるようになりました」
当時、愛理は札幌で暮らしていたこともあり、ススキノの風俗のことは知っていた。働きたいとは思ったもののさすがに逡巡し、半年後に風俗店の扉を叩いた。
「その頃、モデルの仕事をしながら喫茶店でバイトをしていて、彼氏とも同棲していました。せっかく働くなら多くのチンポを見るため、昼から夜中まで働きたいと思ったんです。彼氏には『スナックで働きはじめた』って、嘘をつきました」
風俗で働くことで、愛理の心は満たされていったという。それまで、彼女は頭をモヒカンや丸坊主にしたり、リストカットをしたり、精神的にぶれていたという。しかし、風俗で様々な男性器を眺め、口に含んだりしていくうちに、心の病は消えていったという。
「いろんな男の人が来てくれましたね。学校の先生から警備員、サラリーマン、社会の様々な場所で生きる人たちに会いました。肩書きは違っても、裸になってしまえば皆同じという、言ってみれば当たり前のことを日々確認することで、安心したんだと思います。私にとって、その象徴がチンポだったのかもしれません」
それと同時に、日増しに後ろめたさも大きくなった。
「やっぱり彼氏に嘘をついていたわけですからね。夜、仕事を終えて彼氏に抱かれると、それでまた癒やされて、翌日からまた風俗で働こうという気分になるから、どうしようもない女でした」
ヘルスの仕事を5年近く続けた愛理。その間に同棲していた彼氏とも別れた。
「私が深夜までせっせと働き続けるから、寂しかったのかもしれません。風俗で働きはじめて3年目のことでした。その後は恋人を作らず、仕事に没頭しました」
風俗の仕事には何の不満もなかった。ただ愛理にとって、許し難い事件と言ってもいい出来事が起こり、風俗から離れる決心をした。
「それまで、仕事で絶対に本番だけはしなかったんです。ホテルに呼ばれて行くと、無理やりチンポを入れられてしまったんです。それがどうしても許せなくて、辞める決心をしました」
風俗を辞め、また喫茶店でバイトをはじめた時に、現在の夫と知り合った。
「自分で言うのも何なんですけど、私はスパッと切り替えることができるんです。当然、風俗で働いていたことなど、夫も知りませんし、周りの人も知りません。これからもバレることはないと思います」
ふとした時、風俗嬢時代のことを思い出すという。
「性に関することって、人間である以上、切っても切れないじゃないですか。その生々しいところで生きていた日々に比べると、今の自分は、肉体的にもう死んでいるかもしれません。子どもに癒やされることはあるんですけど、それと肉体的なことは別問題だと思うんです。今の自分に問いかけることはありますよ、あなたは幸せですか、と」
風俗に身を投じる女性の中には、金銭的な見返りを求める者もいれば、精神的な安定を求める者もいる。愛理は明らかに後者だ。
風俗嬢だったという過去は、現在の愛理の姿からは想像もつかない。しかし、彼女にとって、二度と戻ることのできない日々への葛藤は、これからも心の中で続いていくようだ。それはとても酷な人生に思えた。