交流戦で4勝、今季通算8勝、完投5を記録している田中にとっては、初の投手タイトル、最多勝獲得最大のチャンスだ。ダルビッシュ、岩隈の調子が今ひとつで勝ち星が伸びてこないからだ。最多勝のタイトルの先にあるのが、投手の最高の栄誉である沢村賞だ。
「今季は沢村賞を取りたい」。田中はこう明言している。「セ、パ両リーグの優秀な先発、完投型の本格的な投手を対象とする。15勝以上、奪三振150以上、完投試合10以上、防御率2・50以下、投球回数200イニング以上、登板回数25以上、勝率6割以上を基準とする」という、数々の高いハードルのある、栄光の沢村賞にはダルビッシュ、岩隈もこだわりを持っている。
07年にダルビッシュ、08年には岩隈が受賞しているが、08年の時には一騒動起こっている。「沢村賞の条件をすべてクリアしたのは、息子だけなのに、なぜ選ばれないのか」と、ダルビッシュの父・ファルサさんが選考委員会に噛みついたからだ。
「5年ぶりの20勝投手で、21勝したことと、年間で3本しかホームランを打たれていないことを高く評価した。完投数が5試合しかないのは、継投を得意とするノムさん(野村監督)のサイ配によるものだし、岩隈に責任はない。ダルビッシュとのダブル受賞の意見も一部にあったが、その年のナンバーワン投手を選ぼうということで、1人にした」。選考委員長の土橋正幸氏が、発表の席でこう経緯を説明したが、ファルサ氏が納得しなかったからだ。
そんな騒動もあった翌年の沢村賞には、西武のエース・涌井秀章が初めて選ばれている。岩隈を押しのけ、楽天の新エースとなった田中とすれば、沢村賞獲得は、ダルビッシュ超えの日の丸エースに君臨するには、欠かせない勲章といえるだろう。
もう一つ、今季の沢村賞獲得にこだわる理由がある。甲子園での最大のライバル、早実のエースとしてハンカチ王子旋風を巻き起こし、神宮でも4年間、佑ちゃんブームで主役を務めた、早大・斎藤佑樹が10月28日のドラフト会議で1位指名され、入団してくるからだ。昨年11月、セ、パ60周年記念イベントとして東京ドームで大学日本代表対26歳以下のプロ選抜の初のメモリアルゲームがあったが、周囲の「甲子園以来のマー君vs佑ちゃん対決再現」の期待に、田中は背を向け、出場を辞退している。
「プロに入って新人王を取り、ローテーション投手として活躍しているのに、今さら斎藤との甲子園対決の再現でもないだろう」という、当然といえる田中のプライドがあったからだ。今季、沢村賞を獲得すれば、2人の立場の差はさらに決定的になる。ライバルどころではない。甲子園時代に「ハンカチ世代」と呼ばれたのは過去の話で「マー君世代」の1人として、来季、ルーキー・斎藤佑樹がプロデビューすることになるのだ。田中の沢村賞狙いの裏には、ダルビッシュ超えの日の丸エースの座と、かつてのライバル・斎藤への三行半が隠されている。