「シラフの時は見た目も話し方も普通のおじさんなんです。でもお酒が入ると豹変するタイプ。酔うとそのお客さんは自分の事をどう思うかしきりに聞いてくるんです。社交辞令で素敵ですよなんて言うと、じゃあ俺と付き合え! と凄い形相で威圧してきました」
接客業なので本音が言えるわけもなく、相手の気分を害さない程度の無難な返しばかりをしていた紀子だったが、最終的に辿り付くのはいつも“だったら俺と付き合え”という話題だった。
「もちろん付き合うことなんてできるわけないですから、それとなく断りました。するとさらに機嫌が悪くなって肩を平手打ちしたり、腕を強く掴まれるなど暴力を振るうようになるんです。いつも来店したらずっとその流れの繰り返し。またあの客がいるかもしれないと思うと出勤前は本当に憂鬱になりました。とにかく手を上げられるのが怖かった」
そんな問題のある客だったが、出入禁止になることはなかったという。なぜならその客は店一番の常連客であり、大金を落としていく太客だったのである。彼女が従業員から聞いた情報によると他店ではすでに出禁扱いだったが、紀子の勤める店は決して繁盛しているとは言えず経営的に厳しかったこともあり、その客を受け入れるしかなかったという。
「元々、高校生の頃からアルバイトを通じて接客業が好きだったんです。でもそんな経験があったことで知らない人と接する仕事に恐怖を覚えるようになってしまいました」
紀子は相手の顔色ばかりを伺うようになってしまい、他の客に対しても自然な接客が出来なくなった。手を上げる常連客への接客も苦痛だったため店を辞めた。客による自分勝手な暴力は彼女の心に深い傷を残したのだ。現在は都内で事務員として働いているという。店側が利益を優先するばかりに、金回りの良い客の横暴を見過ごすケースはあると聞く。しかし被害を被るのは接客するキャバクラ嬢達の方なのである。
(文・佐々木英造)