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達人政治家の処世の極意 第八回「中曽根康弘」

 中曽根康弘ほど毀誉褒貶の多かった総理大臣はいない。口さがない連中からは「クルクル回る“風見鶏”。定見がない」とさんざん叩かれる一方、じつはよく見ると自身の座標軸はブレておらず、内政・外交ともに確実に実績を残した。
 その中曽根の“代名詞”は、まさに「風見鶏」であった。風見鶏とは、ヨーロッパの寺院の塔上などによくあったニワトリの形をした風の方角を知る装置を指している。いま北を向いていたのが瞬時に南のほうを向くことなどで、政界では定見を持たず大勢に順応する人物を指すのが一般的だ。表題の言葉は、天下獲りを目指した中曽根の“政界遊弋史”を見ながら、思わずそのスゴさに唸った自民党ベテラン議員のそれである。中曽根自身も「風見鶏」との声をよしとしていたのである。

 なるほど、中曽根風見鶏は若い頃から、じつにクルクルとパフォーマンス全開であった。陣笠議員の頃は自ら新聞に「首相の国民投票制」なるものを投書。群馬県の選挙区の田畑、野原に「首相も悪人もあなたが選びましょう!」と謳ったタテ看を林立させた。国民投票は首相になる“近道”とのアイデアだったが反応はほとんどなく、ダメとわかってすぐ取り払った。
 佐藤(栄作)内閣の頃は、当初「佐藤批判の精神を貫く」と声を大にしていたのだったが、その佐藤政権が強靱であると見定めると第2次内閣では運輸大臣のニンジンをぶら下げられ、これに飛びついた。中曽根派内は親分のこの行動に不満爆発だったが、中曽根いわく「犬の遠吠えでは効果がない。刀の切っ先が相手に届く必要がある。佐藤首相のためでなく、国家国民のために働くためである」とした。しかも、第3次内閣でも、やはりちゃっかり防衛庁長官として入閣してしまったのだった。

 ちなみに、この防衛庁長官ではいよいよパフォーマンスに拍車がかかり、就任直後の「長官巡視」では東京・練馬の第一連隊がまず最初というのが慣例だったが、どこ吹く風。あえてジェット戦闘機に乗り、重力に顔をゆがめながらも北海道は千歳第七師団に“降下”してみせたのであった。巡視が済んだあとの夜がまたカッコよく、若い自衛隊員と車座の茶碗酒で、「オレはなァ、あえて佐藤総理に頼み込んで防衛庁に来たのよ。言うならキミたちと同じ志願兵だナ」。本来なら長官の位は旧日本軍なら元帥、とても若い隊員たちに、直接、口を開く立場にはない。しかし、中曽根はあえてこの挙に出、酒の入った若者をイイ気持ちにさせ、“一体感”を見事に演出してみせたものである。まさに、「名優は“出”が大事」の実証であった。
 また、その一方で自民党内外に向けてはソツがなく、「私は沖縄の返還問題が解決するまでは佐藤総理を守る」と“宣言”、これがまた佐藤をいたく喜ばせ、次の改選人事ではやはり党3役の一角、総務会長ポストを手にしてみせたということであった。

 その後も「風見鶏」は休むことなく全開、権力抗争の中で主流にいたかと思えば反主流派に転じ、次いでいつの間にか主流派に身を置くなど、まさに義経の“八艘飛び”かくやを見せ続けた。
 白眉は、しばしば田中角栄と距離を置いていたものの、その田中が福田赳夫と天下を争った俗に言う「角福戦争」総裁選では勢いのある田中に付き、主流派の立ち位置を明確にしたことであった。その田中はロッキード事件で退陣後、大平正芳、鈴木善幸といったなお影響力の及ぶ政権を誕生させたが、鈴木のあとついに中曽根を担いだ。
 その中曽根政権は田中の影響力の強さから「直角」「角影」「田中曽根内閣」などとヤユされたが、その一方で中曽根は戦後政権で佐藤栄作、吉田茂、小泉純一郎に次ぐ約5年の長期政権の中で、徐々に田中の影響力を殺ぎながらあっぱれ本格政権へ移行させていったということだった。

 まさに、こうした中曽根の天下獲りの足跡をみると機を見るに敏、“風向き”を的確にとらえる非凡さをみることができる。読者諸賢にも、この「処世の極意」は十分、一考に値する。社内の風向きは、常に察知しておいて損はないということである。
 中曽根康弘、只今じつに97歳。なお向学心を忘れず、論理明晰な論客ぶりを示している。政界にあって「怪人」という言葉は、中曽根のためにあるようである。=敬称略=

■中曽根康弘=科学技術庁長官(第7・25代)、運輸大臣(第38代)、防衛庁長官(第25代)、通商産業大臣(第34・35代)、行政管理庁長官(第45代)、内閣総理大臣(第71・72・73代)、自由民主党幹事長、自由民主党総裁(第11代)などを歴任。

小林吉弥(こばやしきちや)
 永田町取材歴46年のベテラン政治評論家。この間、佐藤栄作内閣以降の大物議員に多数接触する一方、抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書多数。

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