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達人政治家の処世の極意 第三回「佐藤栄作」

 わが国の内閣総理大臣は明治18年の伊藤博文に始まり、いまの安倍晋三で62人目となる。中でも7年8カ月という最も長い政権を維持したのが、この佐藤栄作であった。佐藤は兄・岸信介とわが国初の「兄弟首相」として知られる一方、いまの安倍首相にとっては大叔父にあたる。その意味では、安倍首相はなんとも「華麗なる系譜」を刻んでいる。

 その佐藤の最大の業績は、昭和47年5月のいま米軍普天間飛行場の辺野古移設問題でモメている沖縄の、米国からの施政権返還であった。佐藤は「沖縄返還が実現しなければ日本の戦後は終わらない」として、この戦後最大の懸案処理に心血を注ぎ、巧みな政権運営でこれを実現させたということだった。
 なぜ、佐藤は困難な沖縄返還を実現させることができ、「最長不倒政権」たり得たのか。その要因は、大きく二つある。

 一つは、「人事の佐藤」と言われたように、有力部下に対する絶妙人事があった。企業でも同様だが、人事の基本原則はあくまで「チェック・アンド・バランス」である。
 当時の佐藤体制は閥務にすぐれた田中角栄(元首相)、経済の福田赳夫(元首相)、名うての軍士だった保利茂(元官房長官)が「三本柱」であった。佐藤はこの3人を常に「競争」「牽制」「均衡」の中に置き、巧みに操つてみせた。「ポスト佐藤」に野心を燃やす田中と福田に対しては、交互に幹事長の重責にすえたり、はずれたほうを大臣として閣内に封じ込めるか閑職につけて力を殺ぐなどで常に牽制をかけた。一方で、「ポスト佐藤」の野心の薄い保利を、この両者の緩衝地帯として機能させたということだった。有力部下の誰をも突出させず、また腐らせずの巧みな「チェック・アンド・バランス」人事だったのだ。

 二つが、まさに表記の言葉にあるように、たとえ天下人であっても自分から先制パンチを繰り出さずにまず人の話を聞き、相手の反発を押え込んだという点であった。反発する野党にとっても、同様の姿勢で臨んだ。その上での決断だから、不満は最小限に抑えられる。この手法は、佐藤政治の“代名詞”として、「待ちの政治」との言葉も生んでいる。沖縄返還の懸案を処理できたのも、この徹底した「待ちの政治」の賜だったのだ。
 相撲で言えば、かつての名横綱双葉山が目指した「後の先」ということである。まず立ち合いで相手を先に立たせ、自分はその動きを見て立つことで逆にどう組むか取るかを判断、結局は先手すなわち自分のペースに引き込もうとする手法に似ている。言葉も同じ、まず相手にしゃべらせて狙いを読めというのが「待ちの政治」であった。また、中国の古典『荘子』も、「生きる」ということの主体性は、あくまで“受け身”にありと指摘しているのである。
 「“人事の季節”になると、佐藤のもとには自民党議員の売り込みが激しくなる。佐藤は会って相手の話を聞いているだけで、自分からほとんど口を開くことはなかったそうです。また、『代沢(注・世田谷区代沢の私邸)にネタなし』の言葉通り、取材に行っても記事になるような話はまず出なかった。徹底して自分が前へ出ることをしなかった。『黙々栄作』の異名もあった」(当時の“佐藤番”だった記者の証言)
 その佐藤は「沖縄返還」を評価された形で昭和49年12月ノーベル平和賞を受賞、その半年後に死去した。墓誌銘の末尾には、「拒まず、追わず、競わず」との文字が浮かび、極めつけの佐藤流「待ち」の人生訓がうかがえる。

 筆者の知人の財界担当記者が言っている。
 「IT社会が進んだことで有力企業でも社員間の会話が少なく、コミュニケーション、意思疎通の欠如という問題が出ている。社内の“風通し”が悪くなっているということです。そこで、いまそうした企業の幹部に要求されているのが『傾聴力』ということなんです。自分が説得する前にまず部下の話を聞け、またその部下もさらに自分の部下の話をよく聞くべしということで、いまやこの『傾聴力』が社員査定ポイントで大きな比重を持つようになっている」

 サラリーマン諸君は、“人事の眼”がどこかで光っていると知るべし。「口は一つ、耳は二つ」、心して置きたい。=敬称略=

■内閣官房長官(第4代)、郵政大臣(第3代)、電気通信大臣(第3代)、建設大臣(第7代)、北海道開発庁長官(第4・21・22代)、大蔵大臣(第64代)、通商産業大臣(第22代)、科学技術庁長官(第12・13代)、内閣総理大臣(第61・62・63代)などを歴任。

小林吉弥(こばやしきちや)
 永田町取材歴46年のベテラン政治評論家。この間、佐藤栄作内閣以降の大物議員に多数接触する一方、抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書多数。

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