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スポーツ 2009年06月19日 15時00分
ZERO1 大谷晋二郎が田代まさしを挑発
ZERO1の大谷晋二郎が、あの崖っぷち芸能人に出頭要請だ。18日は都内のスカパー本社で会見に臨み、真夏の祭典「火祭り2009」へ向け4年ぶり4度目の復活Vを誓ったが、実は復活を目指す炎の戦士にはいま「どうしても気がかりでならない」存在がいるという。どうやらそれが本紙コラムニストで芸能界へ再起をかけるタレント田代まさし。一体どうなる? 「オタクの社葬であの光景を目の当たりにして、俺には感じるものがあったんだよ」。大谷の“アチチ”なハートに火がついていた。 大谷が言う「あの光景」とは、1日に東京・ディファ有明で行われた「故・内外タイムス新聞葬」で“燃える闘魂”アントニオ猪木が、タレント田代まさしにビンタで闘魂注入したシーンのこと。「猪木さんからあのマーシーがビンタされて目が変わった。あの目はホンモノ。猪木さんに飛び込んでいったあの気持ちを俺もあやかりたい。あれから彼がどうしても気がかりでならないんだよ」。 崖っぷちからの再起をかける田代に興味津々の大谷は呼びかける。「このまえ内外タイムスで初代タイガーマスクが喝を入れてるのをみたけど、俺んとこにも来ないか。プロレスを通じて一緒に汗を流すのも良し、うち(ZERO1)でやってる社会貢献活動に参加してくれるも良しだ。初代タイガーのところだけじゃなく、俺のところにも来て、本気で一緒に再起しようじゃないか」。 確かに炎の戦士が崖っぷちからの再生を期す田代に興味を抱くのはうなずける。奇しくも、いま大谷は田代と同じように復活劇をやってのけようとしているからだ。 この日はZERO1最大の祭典「火祭り2009」(7・25東京・後楽園ホールで開幕〜8・8同所で決勝戦)の第一弾出場選手の発表会見に出席。自身の9年連続9回目の出場が決まり、自らに「今年はいろんな意味を含めて大谷晋二郎が勝たないといけない年だと思ってます」「橋本(真也)さんが亡くなられた2005年に佐々木健介を破って優勝したときと似た感情がある。オマエが獲らなければ誰が獲るんだという気持ちが僕の中にある」などと復活Vノルマを課していた。 真夏のイベントを前に田代との合同練習を提案してみせた“あちちな男”大谷。果たしてこの出頭要請は田代サイドに届くのだろうか。
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スポーツ 2009年06月19日 15時00分
ZERO1 田中将斗が王者奪還と火祭りV4宣言
7・1新宿FACE大会で世界ヘビー級王座をかけて対戦するチャンピオン崔領二とチャレンジャー田中将斗が調印式。火祭りへの出場も決まった両雄はチャンピオンとして真夏の祭典に乗り込む決意を示した。会見では挑戦者の田中が「4連覇することしか頭にない。ぶっちぎりで優勝してチャンピオンとして火祭り4連覇を狙いたい」と、王座奪還とともに前人未到の火祭り4連覇を宣言。 一方の崔は「世界ヘビーは手にしたんですが、まだ火祭り刀だけは手が届かなくて悔しい思いをしている。20代最後の大会なので死に物狂いで勝ちにいきます。そのためにもまずは田中将斗にきっちり勝ちたい」とV2を誓っていた。
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スポーツ 2009年06月19日 15時00分
新日本プロレス “野人”中西が秘密兵器解禁予告
新日本プロレスIWGPヘビー級王者の“野人”中西学が初防衛戦(20日、大阪府立体育会館)に向けて秘密兵器解禁を予告した。 20日の大阪大会で前王者の棚橋弘至とタイトルマッチに挑む中西。最後の前哨戦となった6・14後楽園ホール大会では数十発のチョップ、ビンタ合戦を展開し、試合後も場外乱闘を繰り広げるなど、激しく火花を散らした。 タイトルマッチを2日後に控えた野人は現在、最終調整中。V1戦に向けて「もう一度チャンピオンシップに挑む気持ちで」と気持ちも新たに原点回帰を誓った。 アマチュアレスリング時代に使用していた技に磨きをかけているようで「ひとつは地獄固め。グラウンドの展開にもっていって、それでフォールを獲れるって形の技」と明かした。 だが、中西が用意していたのはそれだけではなかった。「もうひとつは名前はいえないですけど。(試合時間が)50分過ぎるって場合なんかもあるかもしれないし、いろんな状況を想定しての秘密兵器ですよ」と不敵な笑みを浮かべた。 これまでの怪力に加え、知性も備わった野人。「もう戦いは始まっている」とタイトルマッチに向けて早くもアクセル全開だ。
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スポーツ 2009年06月19日 15時00分
中西&天山がナイガイ来訪 戸田競艇PR
新日本プロレスの“猛牛”天山広吉と“野人”中西学が18日、「SG第19回グランドチャンピオン決定戦」(23〜28日、埼玉・戸田競艇場)PRのため、東京・中央区の本社を訪れた=写真。 競艇界史上初の「同一SG3連覇」目指す湯川浩司や地元・埼玉の平石和男ら52選手が出場し、熱い戦いを繰り広げる。 最終日には“黒いカリスマ”蝶野正洋との写真撮影会、またプレゼンターとして、蝶野が優勝者にチャンピオンベルトを贈呈するなどイベントも盛りだくさんで、新規ファン開拓を狙う。 戸田競艇組合の岡秀昭参事は「売り上げ目標は150億円を突破したい」と力強く語った。 来訪した天山は「プロレス界と競艇界というタッグが、若い人たちが興味を持つひとつのきっかけになってもらえれば」、中西は「競艇は“水上の格闘技”。プロレスとの共通点も多い。この開催がおじいちゃん、おばあちゃん、若者、いろんな文化の交流の場になればいい」と来場を呼びかけていた。
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社会 2009年06月19日 15時00分
経済偉人伝 早川徳次(シャープ創業者)(70)
昭和8(1933)年2月、笹尾の他、数名の社員を伴って徳次は東南アジアに出張した。販路拡大の市場調査および資材買付が目的だった。徳次一行はタイ・バンコクに滞在中に松岡の国連総会退場を知る。 昭和9(1934)年、NHKはラジオ聴取者数150万人と発表。早川金属工業研究所も工場を増設し、200名を超す従業員数になった。中国・上海に出張所を開設したのもこの年だ。昭和10(1935)年5月1日、それまでの徳次の個人経営から資本金30万円の株式会社として早川金属工業研究所を法人化した。 昭和11(1936)年、海外出張所を天津、台北、ソウルなど16カ所に開設。経営を法人化し、翌昭和12年には社名を早川金属工業株式会社と変更した。大正13(1924)年の創業時には235坪だった敷地も、今や3042坪になった。 昭和11年12月末、間歇式コンベアシステムが完成。従来の手送り式に改良を加えたもので、日本初のシステムである。このシステムを使えばラジオ受信機1台の組立に要する時間は56秒だった。 昭和12年の初仕事から運転開始だ。このシステムは各界の関心を集め、同業者は勿論、各工業界からの見学者が多数、訪れた。見学者の多くは電車を利用した。早川金属工業研究所設立の頃は、のどかな田園地帯だった西田辺も、この頃では阪和電車が走り、工場周辺は開けて店舗も増え、すっかり街らしくなった。従業員が総出で工場前の道普請をしたことなど、遠い昔のことだ。徳次には、当初から“不便なこの土地を発展させてみせる”という抱負があった。その抱負を、徳次は事業発展とともに着実に実現していった。 昭和11年5月13日、徳次が“生涯の恩人”として感謝し、尊敬した芳松が死去した。63歳だった。昭和5年におかみさんに先立たれ一人で暮らしていた芳松を、徳次は上京して無理に口説き、大阪の家に連れて帰った。芳松は逝去するまで、足かけ3年を徳次の家で過ごした。何かと遠慮する芳松には簡単な仕事を手伝ってもらったりもした。 徳次は会社の重役に諮って全従業員、取引関係者、知人達の参列する社葬をおこない、遺骨は芳松の菩提寺である東京・亀戸の東覚寺に納めた。
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その他 2009年06月19日 15時00分
幻覚ナビ
左から1・2・3・4
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レジャー 2009年06月19日 15時00分
HP版!!狙え「アベコーのハッピー馬券」
福島11レース 安達太良S3連複 (5)軸(12)(9)(3)(11)(15)3連単 (5)(12)→(5)(12)(9)(3)→(5)(12)(9)(3)(11)(15)(7)
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レジャー 2009年06月19日 15時00分
HP版!!狙え「藤川京子のフォーキャスト馬券」
福島11レース 安達太良S馬単 (1)(4) (1)(8) (1)(9)3連単 (1)(4)→(1)(4)(8)(9)(14)(6)(12)(15)(11)→(1)(4)(8)(9)(14)(6)(12)(15)(11)
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スポーツ 2009年06月18日 15時00分
きょう自由民主党合同部会で緊急提案を行う馳衆議院議員を独占直撃
13日にプロレスリング・ノアの社長、三沢光晴さんが亡くなった事故を受けてついに国が動き出す。きょう18日、ノア、新日本プロレス、全日本プロレスのメジャー3団体の首脳と自由民主党が意見交換会を実施。同会で事故を未然に防ぎ、プロレス界再興に向けての5カ条を緊急提案する馳浩衆院議員を直撃した。 三沢さんの訃報(ふほう)に国が立ち上がる。 今回の三沢さんの事故を受け、自由民主党はきょう18日午前中に予定されている合同部会で「格闘技興行における事故死の問題」を取り上げる。その場にはノアの仲田龍統括本部長、新日本プロレス菅林直樹社長、全日本プロレス武藤敬司社長が出席を予定。各団体に今回の事案の見解を求め、現状の把握と今後について意見交換会を行う。 その場で馳氏は、日本プロスポーツ協会への復帰、統一コミッション設立、ライセンス発行、日常の選手の健康管理、興行における選手管理の5点を勧告する。本紙はその馳氏を独占直撃取材した。 すべては不慮の事故を未然に防ぐため。昨年10月には都内で会社員レスラーがプロレスの練習中に首を強打し、事故死。合同練習の主催者への監督責任が問われている。それだけに馳氏は「プロスポーツ団体として最低限やらなければならない体制を整えなければならない。(今までプロレス界は)自主的なルールがなかった。残念でしたね、で終わらせてはいけない」と強く訴える。 2006年には、ノアを中心に日本プロレス団体の統一コミッション設立に向けGPWA(グローバル・レスリング連盟)が発足。だが、当時は新日本、全日本といった老舗団体はさまざまな事情があり不参加を表明していた。それに関しても馳氏は、マット界全体をにらみ警鐘を鳴らす。「今は業界独特の軋轢(あつれき)とかそういうことを言っている場合ではない。業界自体が日本から抹殺されかねない。興行として成り立たない。環境作りをしないとプロレスって存在しなくなる。存在するのはビデオとテレビの昔のコンテンツとして歴史の遺産になってしまう。現実世界としては客が来なくなり、自分の首を絞めることになる」 それだけではない。「親が安心して子供を預けない。(プロレスよりも)『まだK-1とか総合格闘技をやりなさい』となる可能性の方が高い。あいまいといわれた格闘技にルールをしっかりと持ち込みイベント性を持たせた。K-1や総合格闘技が発展したきっかけはまさしくルール化です」と近い将来人材不足に陥ることも指摘。そういった事態に陥らないためにも業界の自主的なルール作り、選手の健康管理の徹底を説く。 「選手の健康管理は大前提。興行の日程、体調管理のため看護師、トレーナーの同席。定期的な健康診断の実施を整えなければならない。こういうことは無法地帯のまま放置しておいてはいけない。社会的な影響力もあるプロレス業界として、リングの中は無法地帯でもいいかもしれないけれども、安心して選手が試合をすることができる環境作りをすることは各団体側の責任」と語り、続けて「今こそ業界の発展を目指していく体制と、守るべきルールをつくるべき」と強調する馳氏。 プロレス界は今、大きな分岐点に立たされている。
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スポーツ 2009年06月18日 15時00分
サッカー 岡田ジャパン 丸裸にされた
W杯アジア予選の最終戦で日本が豪州に敗れ、最終予選1位通過を逃した。それも2006年ドイツW杯初戦の屈辱的敗戦をほうふつさせるような逆転負けを喫したのだ。豪州のピム監督は岡田武史監督の掲げる「W杯4強」をあざ笑うかのように「我々は日本より国際経験で大きく上回っている。この調子なら世界で一番になれるかもしれない」と言い放った。岡田監督は「この1試合で悲観することはない」と強がったが、中村俊輔ら主力組を欠くとチーム力が著しく下がることを露呈。1年後の本大会に向け、ますます暗雲が漂った。 昨年9月から行われた南アW杯アジア最終予選も17日の豪州戦(メルボルン)がラスト。相手より勝ち点2下回る日本は勝たなければ1位通過できない状況だった。豪州は過去7試合無失点という強固な守備を誇る。岡田ジャパンはその堅守をこじ開けるところから始める必要があった。 大仕事をやってのけたのが闘莉王。前半39分、中村憲剛の左CKに反応した彼は、巧みな動きでDFを振り払い、豪快なヘッドをお見舞い。英プレミアリーグ・フラムで活躍する守護神・シュウォーツアーも大の字になって悔しがるほど、この一撃は痛快だった。 日本はこのリードを守りたかったが、かつて大宮、京都を率いたピム監督は容赦しなかった。「前半は守備的になりすぎた。もっと前に出ろ」と選手たちを鼓舞。後半は完全に試合を制圧する。そしてセットプレーからの2ゴールで日本を奈落の底に突き落とした。その選手こそ、ドイツW杯初戦でも2点を挙げた日本キラーのケイヒル。 後半32分の逆転弾を防げなかった阿部勇樹は「一番大事なところで足が出なかった」と反省しきり。肝心の場面で勝負弱さをさらけ出したのだ。 この日、岡田監督は中澤佑二の欠場に伴い、ベテランの山口智を初先発させるつもりだった。が、豪州が2006年W杯の日本戦に出たケイヒルら6人を先発させてくると知って怖くなったのか、土壇場で計算できる阿部に変えた。 その阿部が致命的なミスをしたのだから、采配を批判されても仕方ない。期待した橋本英郎と今野泰幸の両ボランチも守備一辺倒でボールが落ち着かない。松井大輔、玉田圭司、岡崎慎司という小兵FWを前線に並べる形も不発。指揮官の選手起用はことごとく裏目に出た。 「今の日本代表は中村、遠藤(保仁)、長谷部(誠)、中澤の誰か1人でも抜けるとチーム力がガクッと落ちる」とトルシエ元日本代表監督も指摘する通り、今のチームは間違いなく選手層が薄い。頭の固い岡田監督が選手を固定してきたことも、主力と控えの差が広がる原因になっている。 その点、豪州はタレントが豊富だ。今回もキューウェルら6人が出なかったが、大半の選手が欧州トップリーグでプレーしていて底力があった。 ピム監督も「我々には経験豊富な選手がいる。私自身も岡田さんより世界を知っているつもりだ」と発言。日本がW杯4強を狙うのがおこがましいとでも言わんばかりだった。が、2002年日韓大会でヒディンク監督の下、韓国の4強入りを演出した同氏の言葉だけに説得力があった。 このレベルの相手に踏ん張れない日本に成功はない。選手選考を含め、岡田監督がもっと斬新な何かをしない限り、日本代表の躍進など夢のまた夢だろう。
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