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芸能 2010年08月16日 19時00分
レオナルド・ディカプリオ「セックスシーンに感情移入しない」
レオナルド・ディカプリオは、生涯結婚しないようにするかを迷っている。 『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』で一緒に仕事をした監督のサム・メンデスと破局したケイト・ウィンスレットと親しいレオ。レオは、他人の破綻した結婚を見ていると自分の結婚の必要性を感じなくなると話している。 現在、モデルのバー・ラファエリと交際中のレオは、「僕は、生涯のうち、結婚するか分からないよ。幸せな結婚だと思っていたはずなのに、失敗したカップルをたくさん見て来ているから。僕も彼らと同じくらいショックだよ」「誰も他人の結婚を見て判断は出来ないよね。一緒に仕事をしている俳優仲間の私生活なって知らないからさ。僕が知っているのは、彼らがいい俳優といい監督だって事だけだよ」と話す。 一方、友人のケイトは、『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』の中で、レオとのセックスシーンがかなり気を遣ったらしい。そして、ケイトは、自分とレオとのラブシーンを撮っている当時の旦那であるサムがまるで気にも留めていない様子を感じて、自分たちの結婚生活を疑い始めたと言う。 レオは、「本当にあの時は大変だったよ。ケイトは、サムが自分の目の前で妻が他の野郎とヤッているって事実を嫌じゃないのかな、って本気で心配してたんだ。だから、ケイトには『これは芝居だから』って、言ってやったんだ。だけど、ケイトは、『こんなの変よ』って言い続けていたよ。サムが僕たちのセックスシーンに対しての演技指導をしているときは、ケイトもとても嫌がっていたね。結局、ケイトはサムの監督する目の前で、僕とセックスしていると思われたと感じて、パニクっていたよ。でも、僕には何が変なのか全くわからなかったよ。だって、演技の一部だからね」 この映画の撮影終了直後にケイトとサムは、裁判所の調停から離婚を決意した。
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レジャー 2010年08月16日 17時00分
ムンムン熱中ライフ・佐藤あいこ(25) 秋なの〜!?
こーんな暑いのに、もう町中では秋もの売ってるよね…。毛皮なんて見たくないって思ってたのに、試着してるわたし。だって、すっごく可愛かったんだもん…。まだ購入さえはしていないものの、この写真の服きて、秋とか冬に歩いてるこの顔がいたらあいこです。発見した際には、笑いかけてやってください…。で、この試着写真を撮ったのは六本木ヒルズなんだけど、この日、あいこは偉大なる宮崎駿の最新映画、アリエッティを観てきました。そしてビツクリ。六本木ヒルズで、かつてこんな量のベビーカーを観た事が無いわたしはおもわずぱちり。だって…六本木って大人の街じゃないの!?子供は大好きよ、でも映画は静かに観たいから六本木にきたのよ!?そしていくらなんでも、なんでこんな量のベビーカーが!?しかもこれだけじゃないんだよ、実際、この倍なんだよ…ひ〜!!ヒルズさん、なんかfamily企画的なので、サポートみたいなのしてるみたいだけど、是非、前もって知りたかったです。アリエッティよりも、大興奮の子供達に気を取られてしまったぜ…おかげで覚えてませんwもっかい見に行こうかな、秋口に…。夏休みの期間って、こういうアクシデント的な何かにあたるので、予測不可能〜!!★☆aico☆★
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レジャー 2010年08月16日 16時30分
キャバ戦記2 客が気を使うのも、また1つのキャバ文化
サービス精神とは何だろうか? と常々、感じさせる場所がある。それがキャバクラという疑似恋愛空間だ。飲食店やスーパー、百貨店において、多少の個人差はあっても極端な差が少ないのが日本の誇るべき点である。 キャバクラは違う。 サービスの質という個人差が天地の差、いや天と地獄の差といっても良いほどの違いがある。もちろん高級店で教育が行き届いているようなところは、安心して楽しめるが、それは少数と思ったほうがいいだろう。別のコトバに置き換えるとキャバのサービスは「超個人差」を体験できる貴重な空間だ。 ルックスの好みもあると思うが、その点を差し引いてもハナ(19歳・仮名)のヤル気のなさには苦労した。客が気を使う空間、それがキャバクラ特有の文化とはいえ、それはそれはかなりの気力を使う。いつものごとく、キャバ嬢を指名しないフリーで入店したので、ハナが席に着く時間は約15分程度の短い時間だ。ルックスの好みと違い、嬢のヤル気が無いため、非常に時間が長く感じ、心臓や胃が重たくなる嫌な感覚も襲ってくる。 大部分の客は悲しことに「お金を払ってるから楽しまなきゃ」という気分が強く、頑張ってトークを盛り上げようとする。結果、それなりに話が弾んでも、それは嬢の実力ではなく、客が気を使っただけなので、嬢の実力はいつまでも向上しない。キャバ戦は楽しいだけの空間で終われば良いが、時には外れクジを引いた劣戦を強いられることもある。 ハナ(19歳・仮名)のトークは、暗い方向へ傾きやすいので、そこを上手くフォローしなければいけなかった。決して当たりクジに変わることはないのに客が頑張る姿は、傍から見たら異様だろうな…と思いつつ、自分の表情には出さないように耐えていた。トークが終わった後は、何か憑きものが取れたような感じで足取りが軽くなった気がする。 キャバ戦記には敗北のチェックがまた1つ刻まれた。
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スポーツ 2010年08月16日 16時00分
「時代」を彩った男と女・あの人は今 元バイクレーサー・平忠彦さん
平忠彦といえば、80年代に活躍しバイクブームを盛り立てた日本を代表するライダーだ。全日本GP5003連覇を筆頭に、鈴鹿8耐優勝などを成し遂げた。また、世界選手権に参戦し日本人ライダーの世界挑戦の扉を開くなどの功績も残した。実力に加え、彫りの深い端正な顔立ちと穏やかな人格も相まって多くのファンを獲得した。 福島県出身の平は小さい頃からオートバイに親しむ環境にあった。大正生まれの父親と7歳年上の兄がオートバイ好きだったため、自然と平も興味を持ち、オートバイレーサーになることを夢見たという。16歳で免許を取り、母や兄の反対を押し切って76年、19歳で埼玉県上尾市のレーシングチームに所属しロードレースをスタートした。 当時を知る知人が語る。 「レースには相当の資金がかかります。彼はご家族が反対する中、レースを続けていくからには資金の援助なんて絶対お願いできないと言ってました。だから、彼はレースをするために一日中働いていましたね。早朝の新聞配達から始まって、昼間は整備、夜はガソリンスタンドと働きづめで資金を稼いでいました。しかもレースで怪我を負ってもそれらのバイトは一切休まないんだから恐れ入りました。意思が強く、自分に厳しく、有言実行の素晴らしい男ですよ。なおかつ、イケメンだし周囲には優しいんですからね」 そんな苦労した下積み時代を経て、平は徐々に自分の夢をつかんでいった。イナレーシングでレースを始め、メーカーの契約選手になるために1戦1戦に集中して勝つレースにこだわった。79年にはジュニア350クラスで6勝を挙げ、一躍その名を売った。82年には彫りの深い顔立ちと技術が買われ、角川映画「汚れた英雄」で草刈正雄演じる主人公・北野晶夫のレースシーンのスタントも務めた。この頃から着用した赤黒白のアライヘルメットは「タイラレプリカ」として一般にも発売され、爆発的な大ヒットアイテムとなるなど、その人気はとどまるところを知らなかった。 その後、500クラスに乗るようになり、83年、26歳で念願かなってヤマハと契約しプロのライダーになった。平は何百人いる国際A級ライダーの中から指名してもらった恩を返すためさらにレース環境を整えていき、85年に3年連続500チャンピオンの快挙を達成した。この頃、資生堂「TECH21」のメインキャラクターにも抜擢され、バイクブームをさらに広い世代に知らしめることとなった。86年にはWGP250に降る参戦。最終戦サンマリノGPでは見事に優勝した。87年から89年にかけては、WGP500にフル参戦し、88年にはドキュメンタリー映画「TOP DOG」も制作された。90年には苦節10年の末の悲願の鈴鹿8耐優勝を飾った。 92年3月、平は35歳で現役引退を決意した。それまでがむしゃらに1位にこだわったレース人生を歩んできた平にとり、年齢とともに落ちる体力は現役生活のピリオドを意味した。周囲の惜しむ声を押し切って平は引退、その後はタイラ・レーシング(株)を設立した。バイクの魅力をたくさんの人に浸透させたいとの思いでライディング・スクールを開催したりレーシングスクール講師をしたり、第二のバイク愛人生を充実させている。04年にはNHK教育テレ氏「趣味悠々」の『中高年のためのらくらくツーリング入門』でも講師を、08年からはワイズギア・レーシングチームの監督も務めている。 「平さんは現役を引退してもオートバイ業界に恩返しをしたいという気持ちを常に持っている。あれほどの人なのに、バイクの魅力、安全な運転、感覚などをたくさんの人に伝授したいと、気軽にタンデムで生徒たちを乗せて実践でそれらを教えたりしている。とにかく、日本におけるオートバイのマイナスイメージを払拭させて魅力を広めていこうとされてる姿勢と実行力は素晴らしい」(浜松市・男性) 平自身、80歳になってもオートバイを愛し続けていきたいという。今後はオートバイを知り尽くした平ならではのメーカーを超えたオリジナルマシンを開発することも夢だという。
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トレンド 2010年08月16日 15時30分
京都の観光名所「妖怪堂」が8月末に閉店!!
京都三条にある観光名所「妖怪堂」が、8月末で閉店することが判明した。 「妖怪堂」とは、実際に妖怪も住んでいるといわれるカフェで、怪談ライブや妖怪のお面つくりなど、妖怪にちなんだイベントも過去多く行われており、京都の妖怪情報の発信地として愛されていた。 実際に妖怪が住んでいるともいわれていて、この妖怪堂で妖怪を目撃したという証言も多数あるため、テレビや雑誌などの取材も多く行われていた。 また、2008年には、この「妖怪堂」のオフィシャルグッズである「妖怪堂クッション」が、クレーンゲーム用の景品として商品展開されたこともあった。 しかしこの度、建物の取り壊しが決まったために、閉店を余儀なくされたようだ。 「妖怪堂」店主の葛城凶氏は、 「愛着のある妖怪堂が閉店になるのは淋しいです、ここには妖怪も住んでいますし。これから、しばらくは店舗を持たずに活動しようと思います。今月で最後になりますので、皆さん最後に遊びに来て下さい」 と語っている。 妖怪堂では、オカルト作家の山口敏太郎氏、玩具プロデューサーの安斎レオ氏、宇宙芸人のレイパー佐藤氏らがトークライブを開くなど、多くの著名人がイベントなども行ってきていた。 筆者(中沢健)が初めての個展をやらせていただいたのも、この妖怪堂であった。妖怪堂に、筆者の描いたオリジナル怪獣のイラストを多数展示させていただいた数か月後に、私のデザインしたオリジナル怪獣たちは、クレーンゲーム用の景品として商品化され、雑誌でオリジナル怪獣を主役にした四コマ漫画の連載まで始まった。これも、妖怪堂に住んでいるという妖怪たちの力のおかげだったのかもしれない。 とにかく今は、そんな妖怪堂の復活を祈るばかりである。 8月22日(日)には、妖怪のお面つくりwork shopが開催される。参加費は、ワンドリンク付きで2,000円。妖怪堂と、妖怪堂に住んでいる妖怪たちとの最後のお別れに、皆さんも足を運んでみてはいかがだろうか?(「作家・歩く雑誌」中沢健 山口敏太郎事務所)参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou
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ミステリー 2010年08月16日 15時00分
洋服ダンスを抜けると…
イギリスやフランス辺りのお城のような邸宅を訪ねた子供が、かくれんぼか何かで洋服ダンスを開くと、中にはおとぎの国が広がっていて…。そんなファンタジーがあったような。7歳のイギリス人少女キャロン・ウォールが洋服ダンスに見た世界は、ファンタジーのかけらも無く、呆れるほど現実的だった。 1967年8月21日。イギリスのドーセットシャーのウォール家では、一人娘キャロンの7歳の誕生日パーティーが開かれていた。主役のキャロンは嬉しくてしょうがない。そこへ、母親からフランス人形とパールの指輪をプレゼントされたものだから、キャロンのはしゃぎようは最高潮に達し、テーブルに置いてあったぶどう酒の入ったグラスをひっくり返してしまった。グラスから飛び出したぶどう酒は、キャロンが着ていた白いレースのドレスを赤く汚してしまった。汚れたドレスを着がえようとキャロンが洋服ダンスを開いた時、その場にいた人たちは驚愕の声を上げた。洋服ダンスの中には、あるべきはずの服は無く、代わりに古びたビルの光景があった。そして、全員が注目する中、キャロンは洋服ダンスの中へと引き込まれるように消えてしまった。 一方、北大西洋を隔てたカナダのトロントではこの日、古くなったビルを解体するため、作業員たちがある現場に来ていた。そして、ビルの一室のドアを開くと同時に少女が飛び出してきた。既に使われなくなったビルである。迷子か行方不明、否、事件かもしれない。作業員達は警察に連絡した。警察が少女に身元を尋ねたところ、名前はキャロン・ウォール、イギリスのドーセットシャー在住とわかった。すぐさま国際電話でウォール家に問い合わせると、少女がフランス人形とパールの指輪を持っていて、ぶどう酒で赤く汚れた白いレースのドレスを着ていたことから、イギリスで洋服ダンスの中へと消えてしまった、キャロン・ウォール本人と確認された。 事件はイギリスのBBCテレビで放送され大反響を巻き起こした。七海かりん(山口敏太郎事務所)山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」http://blog.goo.ne.jp/youkaiou/
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トレンド 2010年08月16日 14時00分
青春18きっぷが一日分余ったら?
青春18きっぷが余ったらどうすればいいだろう。 もし一日分余っていたら、どうせ日帰りなので、ありえないくらい遠方まで行ってしまうのも、18きっぷならでは、の使い道だろう。 始発の京浜東北線で北上。上越線・越後川口駅で飯山線に乗り換え、雪の中、信濃川〜千曲川沿いの崖の上をそおっと往く3時間ののんびり旅。川側の座席はすべて窓に向いた特別仕様の“眺望車”で、とても風情を楽しめた。終着の長野駅からは、篠ノ井線、松本から中央東線と乗り継いで、新宿方面にちゃんとその日のうちに着くのである。お腹回りが気になる向きは、帰京時には、電車の揺れという天然のアブ○ロニック効果でくっくっくっと激ヤセの副次効果もあるかもしれない。 都心からだと、只見線を全線乗り継いでも、日帰りで帰ってこれる。確かこれは、アウトドア派&18きっぷマニアの石丸健二郎さんも実踏破していたはずで、同様におススメの遠方コースだ。 会津若松から田中角栄が造った只見線に乗って、いつかの夏の日を一日のんびりと過ごした。 だいぶ前のことであるし鵜呑みにしないでほしいが、沿線の家々の多くは、大きな窓でカーテンがなく、大家族構成による夕餉の日本の原風景がたくさん見られたのがなんとも印象に残っている。 小出に着く前についロングシートで横になって寝てしまい、目が覚めると一人の美少女が筆者のそばでカバンの見張りをしてくれていた。(実話だ。)もうそんなことはないのかもしれない。ひとつひとつの一度きりの風景が18きっぷのお土産だろう。 もうひとつのおススメコース。それは佐野ラーメンを食べに行くことである! ラーメンの原点という素朴な味わいのおいしさには、『想像以上』の太鼓判を押せる。そういえば、食べた店にはお相撲さんのサインがたくさん飾ってあった。 2300円で、とんでもない遠くに行けて、夜には帰ってきている。これだと高齢者にも無理が利く旅程なのではないか。
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芸能 2010年08月16日 13時30分
【ドラマの見どころ!】オダギリジョー主演の和製ツイン・ピークス、『熱海の捜査官』で栗山千明は再生なるか
今日の【ドラマの見どころ!】は、オダギリジョー、栗山千明主演の『熱海の捜査官』(テレビ朝日系)。2006年同枠で麻生久美子をブレイクさせた三木聡が、過去ハリウッド映画で世間を沸かせたけど今じゃパッとしない女優で、この間歌手デビューして大失敗しちゃったアノ子をもいちど売り出そうとしているわ。でも、このドラマの影のヒロインは彼女じゃなくて、ベティちゃんスタイルで働く長身のあのエロ爆弾女優だったりして。 世界的に有名な温泉街・熱海。4人の女子高生を乗せた永遠の森学園のスクール・バスが忽然と姿を消した。3年後、意識不明で発見されていた一人の女子高生・東雲麻衣(三吉彩花)が目を覚ます。ナゾの多い学園内部と、不可解な市長・甘利(団時朗)の行動、町ぐるみで怪しい熱海に操作のためにやってきた広域捜査官・星崎剣三(オダギリジョー)とその相棒北島紗英(栗山千明)が、個性的な現地の人々の協力を得ながら事件を追う。 一応ミステリードラマ仕立てだけど、おふざけがメインのエンタメドラマ。オダギリジョーをカイル・マクラクランに見立てると、女子高生がわらわら出てくるところとか、見た目も話し方も怪しい町民、事件の真相そっちのけでそれらを見せたいドラマのつくりなどが、チャッピーが若い頃ものすごく流行った米ドラマ、デイヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」そっくり。松重豊とふせえりが着る熱海署の制服から萩原聖人のエコ狂いのアブナイ人、裏で女子高生の援助交際を斡旋する広田レオナの陶芸教室に至るまで、微妙に変えてはいるがテイストが同じところや、細かいディテールも丁寧にフェイク。リンチ好きなオジサン、オバサンも満足なつくりよ(チェリーパイは出ないのかしら)。温泉に来てインチキな秘宝館を覗くような感覚も楽しく、盛況だった今は昔のひなびた温泉街・熱海のまた違った魅力を引き出している。 個人的には「キル・ビル」ではすごかったけど、ドラマでは意外にアクの弱い栗山千明よりも、怪しい女教師役で出演している、ダメハリウッド俳優・スティーヴン・セガールを父に持つ藤谷文子と、色っぽいレストランのウエイトレス奈々子を演じる小島聖に注目。チャッピーどっちも大好きな女優なの。それにしても、松尾スズキや田中哲司を思いっきり脇で使うとか、贅沢すぎるキャスティングにしてやっぱりそれなりに光ってる主演のオダギリジョーって、たいしたもの。この手の作品を手がける人気クリエーターたちに愛され過ぎる理由がここにあるのかもしれないわね。(チャッピー)
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スポーツ 2010年08月16日 13時00分
第二の山森? 広島・赤松のスーパープレー騒動
8月4日の横浜戦(マツダスタジアム)で、フェンスによじ登って、村田の中堅超えのホームランをもぎ取った広島・赤松真人(27)のスーパープレーが、今、日米球界で大きな話題になっている。 火を付けたのは、米メディアでこの赤松のスーパープレーを「スパイダーマン」として、大きく取り上げた。1981年9月16日のロッテ戦(西宮)で、ラッキーゾーンの金網の最上部に飛び乗り、弘田の打球をスーパーキャッチした元祖・スパイダーマンの阪急・山森雅文の再来だと、絶賛したのだ。 山森のスーパーキャッチは、米国の殿堂入りまでしている。写真と動画が見られるようになっており、今でも米国の野球殿堂を訪れるファンから人気を博しているという。 「米国は世界中の野球に目配りしている。山森君が殿堂入りしているし、赤松君の素晴らしいプレーも殿堂入りすると思いますよ、僕は」。 こう語るのは、長年、駐米大使を務め、メジャーリーグにも精通している加藤良三コミッショナーだ。 米メディアの大々的な報道で、日本でも再評価され、赤松は時の人になり、日本メディアからも取材されるようになっている。 日頃は辛口で知られる球界OBも一般紙のコラムで、赤松のスーパープレーをこう絶賛している。 「塀際の魔術、外野に光を」という見出しの記事で、日頃日が当たらない外野手に脚光を浴びさせた価値があると、褒めちぎっているのだ。 米国の野球殿堂入りに太鼓判を押した、加藤コミッショナーも、「世界に誇る、日本の野球は守備ですから、その日本野球を世界中にアピールした、最高に素晴らしいプレーです」と、最大級の評価をしている。ところが、いざ表彰となると後退発言になる。 「現在は残念ながら該当する表彰部門がないので、今後の検討課題です。みなさんのペンの力で大いに盛り上げてください」と言うのだ。 来季からメーカーを1社にして、大リーグのボールに近い低反発ボールを使用することにするなど、加藤コミッショナーは「野球の国際化」を重要なテーマにしている。「次回(2013年)のワールド・ベースボール・クラシックに備えて、早めの対策が必要でしょう」と、WBC3連覇へも意欲を示している。 そういう国際化路線が基本姿勢なのだから、米国の野球殿堂入りを待つのではなく、加藤コミッショナーが真っ先に表彰すればいい。日本でコミッショナー特別表彰されたスーパープレーが、米国の野球殿堂入りする。それが順序だろう。 セ、パの連盟会長がいた時代ならば、連盟会長特別表彰でもいい。が、1局に統合され、今はコミッショナーしかいないのだから、オフのコンベンションで「コミッショナー特別表彰」すれば、誰も文句は言わない。それどころか、ファンからも大歓迎され、プレーヤーにとっては、最高の励みになるだろう。
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社会 2010年08月16日 12時30分
詐欺商法か? 個人宅のブレーカー訪問販売
知人A君はある営業会社に就職をした。それは家庭用のブレーカー装置を販売する会社だった。ブレーカーの正式名は配線用遮断器という。その主な役割は異常電力が流れた際に、それを遮断して電線を保護する働きを持つという。 ブレーカーと言えば、必ず何処の家にも一つは存在する。よく電気を大量に使用すると、全電源がいきなり落ちて、ブレーカーのスイッチをONに戻すと、電気が復旧して流れる装置である。 ブレーカーには特に耐用年数が決められていない。一つの家を建てると、たいていはその家を取り壊すまでは取り替えることがない装置である。このブレーカーに不備があると、漏電火災の原因になるのは事実である。だが、その件数は余り聞くことがない。 A君の入社した会社は、このように古いブレーカーを新しい物に交換することを売る営業だった。築20年以上の古い物件を探しては、ブレーカーの点検だと称してブレーカーを見させてもらい「これは耐用年数を超えていますので、至急交換しないと火災の原因になって危ないです。新しいブレーカーと交換しませんか」と家の人を不安がらせる。 多くの場合はブレーカーを見て、交換した方が良いでしょうと言うと、大概家の人は交換することをお願いすると言う。その価格は工事代を含めて15万円である。家の住民は殆どが年金暮らしの老人だから、そんな大金を持っている場合は少ない。そこで、営業が3年のローンを組ませて売るのである。ローンは中間に信販会社を挟むので、買った人間の支払いが困難になっても会社側は無傷で済む。 更に恐ろしいのは、このブレーカーの原価は何と1万もしないと言う。それを15万円で売るのだから、当然儲けは馬鹿にならない。 ちなみに、営業と工事作業車は殆ど同じ行動を取り、工事作業車は営業の行く付近で待機している。そしていざ交換となると、10分もしないで工事の人間が来て、その場でブレーカーを交換するのである。 A君の場合は良心の呵責にさいなまれて、入社後僅か1週間で退社したという。その際、電力会社にこのような詐欺会社があっても放置するのか質問したと言う。そのときの電力会社側の言い分では、「特に詐欺商法ではないのでこれを取り締まることは出来ません」と言ったという。(藤原真)