ANAがJALを逆転したのは、実際に運賃を払って搭乗した有償旅客数と飛行距離を掛け合わせて算出する「旅客キロ」と呼ばれる指標。航空会社の売上高に直結することから、その実力を推し量るバロメーターとされている。ANAは5月実績が前年同月比25.4%増の29億5294万旅客キロだった。一方、JALは7.8%増の29億1163万旅客キロにとどまり、ANAが僅差で上回った。
もっともANAは4月の時点で座席数と飛行距離を掛けて表す「事業規模」と呼ぶ国際線の輸送能力でJALを上回っていた。その意味で5月の歴史的逆転は「予想されたシナリオ」と関係者は口を揃える。
背景にあるのは国土交通省が3月末、羽田空港の国際線発着枠の拡大に伴いANAに1日11便、JALに同5便とハンディキャップをつけて配分したことだ。航空アナリストによると羽田の国際線は1便当たり年間100億円の売上高と営業利益10億円が見込める、まさに“ドル箱路線”。大手航空2社に対する国土交通省の“さじ加減”が4月、5月といち早く数値に表れたのである。
JALがこの大きなハンディを負った理由は多くを語るまでもない。経営破綻の結果、約7100億円の公的資金が注入され、5200億円からの借金棒引きを受け、揚げ句に2011年3月期から9年間にわたって法人税約4000億円が免除されたことに尽きる。
しかも2年前に再上場したとはいえ民主党政権下の数少ない成功例とあって、自民党やANAの反発は根強いのだ。
実際、羽田の発着枠を巡って2年前に航空各社が行ったプレゼンテーションでは、ANAの役員が「破綻事業者は発着枠の配分を受ける資格がない」と発言、露骨にJALを批判したことから「会場が緊張した」と情報筋は振り返る。
むろんANAの主張は退けられ、前述のように1日5便を確保したJALだったが、この程度で納得するわけがない。そこで発着枠に余裕がある深夜帯に狙いを定め、1月下旬に羽田−ホーチミン(ベトナム)の開設計画を早々と公表。関係者によるとJALは「事前のPRやチケット販売で国土交通省が申請を却下しにくい雰囲気を作った上で正式な認可を取り付け、3月末から就航させた」という。
監督官庁を押し切った荒業に「目的のためには手段を問わないJALの面目躍如。しかし、その政治力から見るとまだ序の口にすぎません」と前置きしてJALウオッチャーが指摘する。
「JALの破綻は一言でいえば放漫経営ですが、政治家の強い要請でもうからない地方便を次々と飛ばしたことも一因です。その意味では長年にわたって政権の座にあった自民党にも責任があるし、地方出身の国会議員にはJALシンパが少なくない。これをバックにJALは巻き返しに余念がありません」
今後の焦点は「さらなる羽田増便だ」と複数の関係者は口を揃える。成田空港は7月14日、夏の旅行シーズンに同空港を利用する旅客数が前年比5.1%減少するとの見通しを発表した。旅行客の“羽田集中”が止まらないとの予測だ。
大手旅行代理店JTBも夏の国内旅行は大阪、沖縄が人気で「西高東低」と予想。海外は韓国、タイが敬遠される一方、羽田発台北行きが人気コースと発表している。2020年の東京五輪開催をにらんで羽田から都心へのアクセス網が整備されることも、さらなる羽田増便への“期待”を後押しする。
実は昨年11月、国交相の諮問機関である交通政策審議会は首都圏空港機能の強化に向けての小委員会を立ち上げ、羽田発着枠の拡大の議論を始めた。詳細は明らかにされていないが、政府関係者は「新たな滑走路の建設が検討されている」と打ち明ける。これで五輪開催時に訪日外国人2000万人の大目標を掲げる政府が、ストレートに羽田発着枠の拡大カードを切ればどうなるか。
「格安航空会社(LCC)をはじめ、航空各社が一斉に手を挙げるのは疑う余地がない。その場合、すでに割を食っているJALは必死で巻き返す。LCCだって『これ以上、ANAにいい思いはさせられない』の反発がある。限られた枠を巡って宝の山の争奪戦がヒートアップすれば、大型経済事件に発展しないとも限りません」(経済記者)
JALは国交省とのギスギスした関係をどう補い、正面突破を図るのか。その“奥の手”から目が離せそうもない。