ある日の夜7時頃だろうか。その管理職は、妻と息子と家族3人で、居間でくつろいでいた。だが、どうも幼い息子の様子がおかしい。息子の額に手を当ててみると、確かに熱っぽく息も荒い。
「よし、いつもの病院に行こう」
「そうね、すぐ準備するわ」
夫婦で相談し、近所の病院に連れて行くことにした。家族にはかかりつけの医者がいた。もちろん、開業時間はとっくに過ぎていたのだが、その医師は古くからの知人でもあった。そういうときには融通が利いたのだ。
「すまんな、無理を言って」
「いや、かまわんよ。この薬を飲めば大丈夫だ」
友人である医者は、快く応じて息子を診察し、薬などを渡してくれた。帰り道、親子は空中に光る複数の大きな飛行物体を目撃した。
「何だ、あれは」
男性が気付いて叫ぶと、妻や子供も驚いて見上げた。空中に発光物体が浮かんでいる。
「何かしら、あの光る物体」
「UFOだよ、お父さん」
家族3人で軽いパニック状態に陥った。この目撃時間は定かではない。だが、息子が熱を出したのが7時だとすると、病院に歩いて行き、診断を受けての帰り道だから、8時半ごろではなかったかと後に彼は回想している。
次の瞬間、いつの間にか親子3人が自宅でくつろいでいることに気がついた。
「あれ、さっきまで道でUFOを見てたよね。いつの間に家に戻ったの?あれれ、時間も夜の7時になっているし…」
時計の針が逆行しており7時過ぎに戻っている。つまり、時間が逆行していたのだ。
「お父さん、大丈夫?」
息子は笑っている。風邪をひいていた息子は完全に元気な状態である。
「どういうことだ。俺以外みんな、UFO見た記憶がなくなってるのか?しかも、時間が逆流しているよね」
彼は完全にパニックになった。驚く妻に今の体験を話すと、
「何を言ってるの、ここに入ってから一度も外になんか出ていないよ」
と笑うばかりである。
「そんな馬鹿な話があるか、病院に聞いてみるぞ」
男性は興奮して、知人の医者に電話をかけたが、知人の医者も、誰も来ていないと言う。
「おかしいな、どういうことだ?」
あの発光体を見た後、何物かによって関係者が全員記憶を消され、最初の時間まで戻されたとしか思えない。しかし、あまり周りに言うと変に思われるので、自分の中にしまっておいたという。それを「不思議好きの増田くんなら信じてくれる」だろうと、職場でこっそりと打ち明けてくれたというのだ。奇妙な話である。
(山口敏太郎)