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森永卓郎の「経済“千夜一夜”物語」 産業革新機構の限界

 4月2日、シャープが台湾の鴻海精密工業から3888億円の出資を受け入れて、買収されることが決まった。安値で買い叩かれてしまった、というのが私の印象だ。

 そもそも、シャープの経営再建のスポンサーを、鴻海と官民ファンドの産業革新機構が争っていた。当初の両者が示していた条件を振り返っておこう。
 産業革新機構は、3000億円の出資に加え、2000億円の融資枠を設定し、主力取引銀行にも最大3500億円の金融支援を求めるというもの。一方、鴻海は7000億円規模の出資を行い、太陽電池事業を除いてシャープを分社せず、40歳以下の従業員の雇用を維持する。役員の交代を求めず、銀行にも追加負担を求めないというものだった。

 圧倒的に好条件の鴻海をシャープは選んだのだが、事件は契約直前に起きた。シャープが提出した「偶発債務リスト」が原因だった。今後、偶発的な問題の発生によって、3500億円もの債務が発生する可能性が示されていた。これに鴻海側が激怒し、支援の条件を大幅に引き下げてきたと言われている。
 しかし、偶発債務リストのなかには、「地震による津波で工場が被災する」といった、発生確率の小さなものも含まれていた。しかも、もっと大きな問題は、なぜそんなリストを契約直前にシャープが出したのかということだ。

 企業買収というのは壮絶な騙し合いだ。買収する側は、高値掴みをしないように徹底的に資産や負債の査定をする。鴻海も当然やっていた。その結論が出たところで、「自分にはまだこんなにリスクがありますよ」などと言ったら、当然ながら買い叩かれるに決まっている。
 結局、鴻海の出資額は、産業革新機構と大差のないところへ大幅減額になってしまい、高橋興三社長は退任することになり、銀行も新たな融資枠を求められることになった。だから、偶発債務リスト提出の経緯に関しては、今後、徹底追及していくべきだが、今回の買収劇は、もう一つの問題を露わにした。産業革新機構の体制だ。

 鴻海の買い叩きを防ぐには、産業革新機構が買収条件を引き上げて、反撃に出ればよかったのだ。しかし、そうはならなかった。なぜなのか。
 産業革新機構は官民ファンドだが、資本金2800億円の95%を政府が出資している。その他にも、1兆8000億円の政府保証枠が与えられているわけだから、実質は政府そのものなのだ。
 その産業革新機構の投資決定は、7人の産業革新委員が行うことになっている。しかし、委員長の吉川弘之氏は東大工学部教授から、東大総長まで務めた学者で82歳だ。その他に、財界人や医師などの有識者で委員会は構成されているが、その平均年齢は67歳なのだ。各界の大御所が、生き馬の目を抜くような企業買収の世界で戦えるはずがないだろう。

 極論すれば、私は経済産業省が投資決定をしたほうが、まだましだったと思う。業界の内情をよく知る官僚なら、もっと柔軟に動けたからだ。
 いずれにせよ、2兆円以上の国民のお金を動かすのが、いまの体制でいいのか、再検討が必要だ。

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