江戸時代の初め頃、加納という者が荒れた山野だった田籾町にやって来た。加納は朝早くから夜遅くまでよく働き、彼の働きもあり、荒地は次第に水田に変わっていった。田植えも終わり、秋には稲穂が実るまでになった。加納がよく働いたお陰で、年々米の収穫高は上がっていった。
ある朝も、加納はまだ暗いうちから野に出て田を耕していた。東の空が明るくなってきた時、突然、林の中からけたたましい鶏の鳴き声がした。完全に太陽が出た頃には鳴き声は止んだ。
毎日、東の空が明るくなる頃、時を告げるように鶏の鳴き声がする。不思議に思った加納は、鳴き声のする林の中へ入って行った。すると、どうやら木の下に雄鶏のような形をした大きな石が、しきりに鳴いているようなのであった。
加納は家に帰り、このことを村人に話した。翌朝、話を聞いた人々が林の石を見に行くと、やはり、石から鶏の声がする。それから、石の鶏が鳴くという噂が村中に広まり、村人たちはその鳴き声を聞くために、朝早く起きるようになった。鳴き声を聞きにきた村人は、再び寝るわけにもいかず、そのまま田や畑で働くようになり、皆が加納のように懸命に働いたことによって農作物の収穫は上がり、村は裕福になった。
しかしある日、一人の若者が何気なく鶏石の上に汚れた衣服を置いてしまった。すると不思議なことに、翌朝から鶏石は時を告げることがなくなってしまった。
以前は鶏石を祀る祭礼が、毎年7月24日に行われていた。しかし、現在では祭礼も行われなくなり、言い伝えと「愛知県豊田市田籾町鶏石」という地名を残すのみである。
(「三州の河(さんずのかわ)の住人」皆月斜 山口敏太郎事務所)
参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou