その炭谷は今オフ、去就が注目される目玉選手の1人である。投手の注目がオリックス・金子なら、「野手部門の主役は炭谷」と言ってもいいだろう。
8月20日、福岡ソフトバンクホークス対埼玉西武ライオンズの一戦。同点で迎えた9回表、炭谷に「代打・森友哉」が告げられた。二死一、二塁、一打出れば、勝負は決まる。森は16日の対日本ハム戦で『3試合連続アーチ』を放ち、ファンを沸かせた。福岡のファンも森の登場に拍手を送っていたが、ソフクバンク・岡島の落ちる変化球に対応できず、空振りの三振を喫した。
しかし、他球団が本当に注目したのは、その裏の西武の守備。森がマスクを被るのか−−。田辺徳雄・監督代行(48)は33歳、12年目のベテラン捕手・上本達之を送り、森を守備に付けなかった。『捕手・森』には、まだ不安要素も多いのだろう。
「将来的に森を正捕手に育てたいと思っているのは間違いないでしょう。でも、捕手は打つだけではレギュラーになれないポジションなので…」(在京球団職員)
見方を変えれば、捕手としての能力は炭谷の方が『上』であり、「正捕手交代」はまだまだ先の話というわけだ。田辺代行以下首脳陣も、そう評価しているのだろう。
だが、炭谷がチームの評価に満足しているかどうかは疑問である。
昨年12月9日、契約更改でのことだ。炭谷は仏頂面で記者団の前に現れた。交渉は2時間半に及ぶロングラン、2000万円増の7700万円に『出来高』も勝ち取ったが、明らかに不服そうだった。
「同日、同じく契約更改に臨んだ中村剛也は『4年最大20億円』の大型契約を交わしました。3年契約の途中でしたが、新たに結び直す格好となりました。対照的に、炭谷への提示は厳しく、しかも単年契約でした」(球界関係者)
西武は昨季から今季に掛け、中村、炭谷、栗山巧、岸孝之、涌井秀章(現千葉ロッテ)、片岡治大(現巨人)の6人がFA権を取得する大きな転換期を迎えていた。うち、昨年オフの契約更改で複数年契約を勝ち取ったのは、中村、岸、栗山の3人。正捕手の炭谷も、「自分にも複数年の大型契約が提示される」と期待していたはずである。
「盗塁阻止率が2割台に落ちたことや、打撃成績が悪いことなどが大幅増の見送られた理由です。球団側は炭谷の成績に満足していなかったわけです」(前出・同)
鈴木葉留彦本部長は「それなりの数字(成績)を出せば、会社も考える」と報道陣にも説明していたが、
「親会社の西武ホールディングスの上場が遅れ、資金力が乏しい球団としてはFA予備軍の全員を満足させることはできない。炭谷が犠牲になったようなもの」
と、同情する声も聞かれた。
また、捕手・炭谷を高く評価していたのは、渡辺久信前監督だった(現シニアディレクター/以下=SD)。伊原春樹・前監督は「渡辺元監督ほどは評価していなかった」(関係者)との声もあるが、西武はその伊原氏を相談役のような肩書で今もフロントに留めている。渡辺SDが慰留の説得に当たることができないかもしれない。
「近年の西武投手陣はクイックが下手だったり、コントロールも雑です。盗塁阻止率が落ちたのは炭谷のせいではありません」(前出・在京球団職員)
捕手出身のプロ野球解説者がこんな体験談を明かしてくれた。
「高卒捕手はプロでやっていくのは大変です。二軍で『リードを任せてください』と先輩投手に申し出ても、『こっちは生活が掛かっているんだ。ガキの勉強に付きあってられるか!』と怒鳴られるのがオチです。大学卒、社会人の新人捕手はそういうことはならないんですが…」
高卒捕手を育てるのは難しい。その意味でも、高卒1年目から一軍で鍛えられた炭谷の『捕手能力』は貴重であり、捕手に一抹の不安を持つ大多数の球団は炭谷の去就に注目しているわけだ。
4年前、炭谷の成長によって弾き出されたのは細川亨(現ソフトバンク)だった。森の台頭によって、炭谷が“同じ運命”を踏襲することになるかもしれない。