ヤクルトが渡邉恒樹(32=前楽天)の獲得と、鎌田祐哉(32)の放出を発表したのは、6月14日。16日には渡邉の入団会見が行われたが(神宮球場)、シーズン途中で成立させたこの交換トレードは『野村回帰』の一環だった。渡邉がヤクルトのロッカールームに持ち込んだ荷物のなかに、その象徴的な小冊子があった。『野村の教え・投手編』である。
「野村克也氏が楽天時代にミーティングで使った手引き書ですよ。投手、打者、バッテリーなどに分割されていて、それをもとに野村氏が選手を教育していたんです。ただ、このようなレポートを印刷したのは阪神の監督になってからで、ヤクルト時代は選手たちにメモを取らせていました。だから、『ヤクルト編』の野村の教えは存在しないんです」(関係者の1人)
野村時代を知る伊勢孝夫氏(65)を緊急帰還させたのも、その一環である(5月23日)。こちらもシーズン途中のことであり、伊勢氏は評論家活動を断ち切れず、8月までは『兼任』でチーム改革を行う。
「関東地区限定で二軍も視察しています。一軍の戦略的なミーティングも、現在は伊勢氏が仕切っています」(前出・同)
伊勢氏はチーム低迷の要因を「野村遺産の放棄」とし、対戦チームを徹底的に分析するスタイルに戻そうとしている。おそらく、伊勢氏は“渡邉の手土産”を一読し、今後のミーティングにも使っていくだろう。
まさかとは思うが、渡邉をトレード獲得した理由も『野村の教え』を得るためでは…。
「渡邉は楽天一期生で、07年は中継ぎ、ワンポイントとして65試合に登板しましたが、ヘルニアを患い、この2年間は結果を残していません。年齢的にも来季の契約が危ぶまれていたので…」(パ・リーグ球団職員)
小川淳司・ヤクルト監督代行(52)は左の渡邉をワンポイントなどの救援で起用する構想も語っていた。『戦力』として獲得したことも強調していたが、急激な『野村回帰』はチームの近未来像にも影響を及ぼしつつある。
「次期監督は荒木大輔・投手コーチ(39)でほぼ間違いない。断定できなくなったのは、『野村回帰』のためです。野村時代も知る球団OBにいったんチーム再建を託し、それから荒木コーチに託した方が懸命だという意見も強くなってきました」(前出・関係者)
そもそも、ヤクルトが『野村時代』の緻密なミーティングを捨てたのは、古田時代だという。古田敦也・元兼任監督は「野村監督の傀儡」と称されるのを嫌い、野村時代のやり方を一新させた。そのまま、高田繁・前監督に引き継がれ、今日に至ったのである。
「高田前監督が招聘したコーチ、あるいは口利きをしてヤクルト入りしたスタッフも何人買います。荒木コーチが昇格するのならコーチの入れ替えはさほど必要ないが、OBによるワンポイント登板があるのなら、コーチスタッフを一新しなければなりません。年長OBによる再建が良策だと思うが、球団経営の苦しい事情からして…」(同)
急速な野村回帰は、荒木コーチの昇格という“経費節減”路線を変えないための手段でもあるようだ。野村楽天でコーチを経験したヤクルトOBのなかには、古巣帰還を意識している者もいるという。荒木コーチはどういうチームを作りたいのか−−。たとえそれが野村時代を踏襲しないとしても、確固たる理論があれば、経営陣は認めるべきである。荒木コーチは『野村の教え』を読み、どんな感想を持つだろうか。