慶喜は英明というイメージが一般的である。鳥羽伏見の敗戦で逃げ帰った腰抜けというイメージもあるが、時代の流れを見通したために無意味な抵抗をしなかったとも解釈されている。慶喜を徹底的に扱き下ろした作品に、佐藤雅美『覚悟の人 小栗上野介忠順伝』がある。そこでも内実は卑怯者だが、外面は格好付けている慶喜像を描いており、慶喜の英明イメージを根本的に壊すものではなかった。
ところが、『龍馬伝』では従来の慶喜像を徹底的に破壊した。『龍馬伝』の慶喜は時代劇の典型的な悪役風である。何故か顔に眉毛がなく、それが悪役の怖さと不気味さを引き立てている。一方で軽薄で小者感も漂っている。たとえば、下級武士のように廊下をサッサと歩き、殿中作法も身につけていないようである。尊王思想や西洋文化に通じた名君の面影はなく、幕府権力を死守しようとする守旧派であった。
特に第19話「攘夷決行」では慶喜の腹黒さが描かれていた。幕府は朝廷に文久3年5月10日に攘夷を決行すると約束した。しかし、幕府に攘夷を行う意思はなく、各藩にも攘夷を行わないよう根回しする。実際に攘夷を行ったのは長州藩だけで、すぐに欧米列強から反撃を受ける。それを聞いて慶喜は高笑いする。
外国勢力を利用して国内の敵対者を攻撃することは、日本人の団結を説く龍馬が最も嫌うことである。これまでの描かれ方では慶喜は大政奉還を決断するような人物には見えない。しかし、『龍馬伝』では前半に酷く描かれたものの、後半に化けたキャラクターとして後藤象二郎(青木崇高)がいる。慶喜も大化けする可能性があった。
慶喜は二条城に各藩重役を集めた。大政奉還の建白があっさり却下されるとの下馬評とは異なり、慶喜は「皆の意見が聞きたいのじゃ」と意外にも民主的な発言をする。しかし、誰もが「国許に帰って相談してから」と言葉を濁す。その中でただ一人、象二郎は決然と言上した。慶喜は立ち上がって象二郎に歩み寄り、胸倉をつかむ。慶喜と象二郎という、前半では悪く描かれた二人の熱演である。
しかし、大政奉還を決断した経緯は明かされなかった。逆に龍馬は慶喜からも恨まれてしまう。慶喜も龍馬暗殺の動機を持つ一人になる。そして来週はいよいよ最終回である。
林田力(『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者)