数年前、女子大生のキャバクラ嬢が新宿の中規模の店で働いていました。可愛さは特別ではありませんが、気遣いのスタンスが当時は私には合っていました。営業はそれほどしてきませんし、メールが着てもよくある営業メールでした。しかし、実際に会うと、そっけないメールとは違って、友達感覚、ときには疑似恋愛の相手にふさわしい振る舞いをしてくれました。ボデイータッチもしすぎず、ガッついていません。
一年くらいその嬢を指名していたためか、その嬢がどの大学に通っているのか、どこに住んでいるのかを知っていました。さすがに実際には確かめたことはないですが、事実だろうという確信をもてるような会話があったことを記憶しています。
その嬢の誕生日にも、当日は出勤ではないために、一日前にイベントがありましたが、スケジュールを合わせて他の客とできるだけかぶらない時間を聞き、その時間に入店したものです。プレゼンも安いものですが、あげました。高いものだと気を使わせてしまうだろうと思ったからで、ケチったわけではありません(笑)。
ただ、翌日、飲み過ぎてしまったためでしょうか、高熱が出て、二〜三日寝込んでしまいました。熱がさがらなかったので病院に行くと、急性腸炎だったのです。しばらく、お酒が飲めない状態が続きました。
そのとき、この嬢は心配してくれて、喫茶店で何度か御茶をしてくれました。他の店の嬢が「お酒が飲めなくても、お店で烏龍茶があるから、来ればいいじゃん」と営業の誘いをしていたのと比べれば、雲泥の差です。
もちろん、お茶自体が営業だとわかっています。しかし、「営業だとしても、たとえ暇だったとしても、私のために、わざわざプライベートの時間をつくってくれた」と思ってしまうほどです。
ある種の「特別」な感覚を抱くのはこの嬢が始めてではありません。そのため、舞い上がることはありませんでした。しかし、なぜか、この嬢のオーラに引きつけられるかのような感覚を抱き、お金がないときでも、通ってしまったのです。
ところが、ある日、彼女がその店を辞めてしまったのです。「もう会えないのか」。そう思っているときに、「そうだ、家は遠くないのだし、プライベートでもお茶したことあるから、またお茶くらいはできるかもしれない」という考えが頭に浮かびました。
そこでメールをしてみましたが、そっけなく「店を辞めた」くらいしか返事がありませんでした。それでも、気になったのか、彼女に電話をしてみました。電話にでましたが、やはり、そっけない対応に感じました。その反応で、「彼女はキャバクラや客との関係を切ろうとしているのだ」と推測しました。推測できたからこそ、それ以上、彼女と連絡を取るのをやめようと思ったのです。そして、彼女の連絡先をアドレス帳から消したのです。
この嬢とのやりとりは「振り回された」とは言えないかもしれない。しかし、まだキャバクラ遊びに慣れていないころの私にはとってはよい経験だったと思います。
この経験は、「キャバクラ嬢と客との関係は、たとえ、一時は良好な関係であっても、それはあくまでもその時だけ。店を辞めたら、良好な関係を維持したいかどうかは、人によって違う」ということをわからせてくれました。しかも、「良好な関係を維持したくない」という存在だったから、私はその後、キャバクラ嬢とのプライベートな関係を過度に期待しなくなりました。
きっと、多くの客たちは、程度の差はあれ、こうした経験をしているのだろうと思います。読者のみなさんは、どこでどう「学ぶ」のでしょうか。また、その体験を多くの“後輩”たちに伝えていくことで、夜の世界のルールでトラブルを回避できるのでしょう。また、そのルールのなかにあっても、恋人になる人や結婚に至る人たちも出てくるのでしょう。
<プロフィール>
渋井哲也(しぶい てつや)フリーライター。ノンフィクション作家。栃木県生まれ。若者の生きづらさ(自殺、自傷、依存など)をテーマに取材するほか、ケータイ・ネット利用、教育、サブカルチャー、性、風俗、キャバクラなどに関心を持つ。近刊に「実録・闇サイト事件簿」(幻冬舎新書)や「解決!学校クレーム “理不尽”保護者の実態と対応実践」(河出書房新社)。他に、「明日、自殺しませんか 男女7人ネット心中」(幻冬舎文庫)、「ウェブ恋愛」(ちくま新書)、「学校裏サイト」(晋遊舎新書)など。
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