「山口さんも、心霊や妖怪調査の帰りに、うちの近くに来たらぜひ寄ってくださいね。何かおいしいものごちそうしますよ。心霊談でもしながら一杯やりましょう」
そんな心霊好きのRさんが語る奇談を紹介しよう。
Rさんが住む某海岸は、風光明媚な海岸で、季節に関係なく多くの観光客が訪れる町であった。
「この海岸はねえ、夏には夏の顔、秋には秋の顔があるんですよ。どうしても夏だけのイメージがありますが、秋や冬も感慨深いものですよ」
Rさんは日焼けした顔をくしゃくしゃにして、いつもこう語る。
いつごろか、そんな海辺の町に奇妙な噂が立ち始めた。夕暮れに奇妙な家族を引き連れた男が、海岸にときどき姿を現すのだという。出会って恐怖のあまり、腰を抜かした者もいるらしい。
「じゃあ、どんな奴らなの?教えてよ」
Rさんが商店街の仲間たちに聞いても、みんな大きくかぶりを振ってこう言うのだ。
「とんでもない、思い出したくもないよ。とにかく一度見たら分かるよ」
(なんだ、臆病だな。全く、バカバカしい話だ。単なる変わりもんの一家だろうよ)
Rさんは、笑ってその噂を相手にしてなかった。
ある年の秋、Rさんは、その奇妙な一家と遭遇する。
夕暮れ時、車椅子を押した男が海岸沿いの歩道を歩いていた。犬の散歩で通りがかったRさんは、男に思わず声をかけたという。
「こんばんは、いい風ですね」
「ええ、病気の妻にはもってこいですよ」
男は覇気のない声で答えた。横顔もいくぶん青ざめて見える。
(妙な奴だ。奥さんの看病疲れで顔色が悪いな、奥さんの気分転換で海岸まで来たのか)
「そうですね。寒くならないうちは気持ちのいい風ですよ」
Rさんはそう返すと、車椅子の奥さんの方を見つめた。
「…んんっ?」
人形である。人間ではなく人形であった。
明らかにビニール製の人形が衣服を着せられ、車椅子にのせられていた。
いや、縛り付けられていると表現した方が正解かもしれない。
「うちの子供は砂で遊んでますよ」
男は指さす方には、海辺の砂浜に突き刺さった市松人形の姿があった。
(こいつは異常だ、明らかに変だ)
Rさんは男に適当にあいさつすると、犬と共に商店街方面に逃げ帰った。
男の姿が小さくなるにつれ、人形という偽装家族しか愛せない男の背中がなんともいえず、悲しく不気味に見えたという。
(山口敏太郎)