これといった身分保障がないから、俺たちはいちばん弱い立場だ。実際の立場は、孫請けの社員。だけど、原発敷地内に一歩足を踏み入れた途端、立場がコロリと変わってしまう。元請けの大手ゼネコンと孫請けの中間に○○という会社(下請け)があって、ここの社員にされてしまう。現場に入るのに必要なカード類には写真はもちろん、作業員それぞれの指紋がバーコードで入力され、元請けと下請けの社名が入っている。上下ツナギの白い作業服を着たら、両腕、胸、背中に黒マジックで大きく作業員名と元請け、下請けの社名を書かねばならない。俺が所属する会社名はカード類にも作業服にも出てこない。
どうして、そんなことをするのかわからない。同僚に聞いても、「俺もわからない」としか返ってこない。作業期間が長く、情報に詳しいといわれる現役ヤクザにこっそり聞いたら、こう言われたよ。
「下請けの所属数を多く見せかければ、それだけ下請けはピンハネしやすくなる。作業員を貸してくれた孫請けには、人数に応じてピンハネ後のカネを払う。そこから孫請けがさらにピンハネするから、作業員に渡るカネがガタ減りしてしまう。ほかにも理由はいろいろあるようだが、こんなデタラメな現場はめったにない。ヤクザの世界もカネに関しては厳しいが、その何十倍もひどいのが事故原発の世界ということだ」
そして最後に、こう忠告されたよ。
「どんなに肝心なことでも、あえて知りたがらない、首を突っ込まない、知って知らんフリをする−−これを守ったほうが身のためだ。俺みたいなヤクザには別の鉄則がある。威張らず、喧嘩しない、上の命令に忠実に従って黙々と働くだけ。そうでないと、お払い箱になってしまうから。いくら放射能浴びたって、刑務所にいるよりはマシだから」
話を聞いてみると、事故原発がヤクザの逃げ込み場所になっている。そのヤクザも金銭トラブルで破門扱いになっているようだ。警察が前々から、
「暴力団を原発関連工事から徹底排除する。工事を資金源にさせない」
と言ってるが、現実はそうじゃない、逆だ。事故原発があってこそ、ヤクザが生きられる。ヤクザ排除なんて、掛け声ばかりだ。
そのヤクザも言う通り、原発作業員として生き延びるコツは、命令への絶対服従。いまどき、こんな言葉が当てはまる場所は他にないだろうけど、原発敷地内は奴隷工場といっても言い過ぎじゃない。ヤクザに送り込まれて、1日4100円で働かされている男にとっては、タコ部屋以外の何物でもないだろ。
(以下次号)