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奈良の神社話その十八 大蛇に捧げ続けられる「人身御供」──奈良市・倭文(しずり)神社

 機織の神・武羽槌雄(たけはつちおおの)命を祭神とする倭文神社境内の「蛇塚」は、奇習の舞台として古くから知れ渡っていた。

 蛇塚の由来はこうだ。
 毎年、男児のある家に白羽の箭(や)が立った。その家に男児が何人かある場合は籤引きをして神に捧げる一人を決め、陰暦8月25日の夜に社に捧げた。
 翌日行くと、子供は何者かに喰われて消えていた。
 ある時、一人の僧が身代わりとなり、現れた大蛇を斬り殺して退治した。その蛇を埋めたとする場所が蛇塚であるという。

 また境内西北隅には旧竜頭寺のお堂(現・大師堂)が残るが、この寺に三つ切りにされた蛇の頭を埋めたとし、蛇塚は尾を埋めた場所とする異伝もある。

 村人を救った僧は理源大師の他に弘法大師、一説に村の若者・六郎という名も上がる。「人身御供」の説話は全国に広く分布するもので、展開はほぼ同じだ。ただ主人公を先の弘法大師から岩見重太郎、退治される神も大蛇や猿神など、さまざまに置き換えて語られる。

 説話の世界を今に語るのが、現在は10月の体育の日に行われる「蛇祭」。この日、里芋を半割にし、根の髭を頭髪に見立てて目・鼻・口を書いたものを竹に差した「人身御供(ヒトミゴク)」と呼ばれる特殊神饌が本殿や蛇塚に供えられ、蛇に見立てられた大松明が町内を練り歩いた後、燃やされる。

 さらにこんな話も聞いた。子供を供えるのは宵宮と決まっていたので、生贄の子に少しでも楽しい思いをさせてやろうと同社ではその昔、賑やかな本宮を先に、宵宮を翌日に行っていた、つまり通常の祭礼とは順序が逆だったというのだ。

 遠い説話として受け流せない生々しさが、この祭には潜んでいるとはいえないだろうか。

※写真「蛇塚と須佐之男命を祀る蛇塚社」

(宮家美樹)

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