フィナーレは9日午前0時ごろやってきた。5大陸約9万7000kmを4カ月かけてリレーした聖火がスタジアムに現れると、満員の9万1000人の観衆が興奮でどよめいた。数人のランナーを経て女性ランナーがフィールド中央へ。だれもが最終ランナーと思ったら、とんでもない方向に走っていく。その先には、1984年ロス五輪体操で金3つを含む6つのメダルを獲得して「体操王子」の異名をとった中国の国民的英雄・李寧さん(44)が“シークレット発射台”で待っていた。
聖火を受け継いだ体操王子は、なんと夜空に飛び出した。大がかりな奇術にスタジアムが沸く。中国お家芸のワイヤーアクションだ。鳥の巣の屋根のふちに沿って宙を駆け抜け、聖火台の導火線に点火。空飛ぶ聖火ランナーに地鳴りのような拍手と歓声が響いた。
このサプライズ演出に一番驚いたのは、招待を受けて開会式に出席した石原慎太郎東京都知事(75)かもしれない。空飛ぶ最終聖火ランナー案は、2016年東京五輪の“隠し玉”だからだ。
都は05年11月、各界の有識者を集めた「東京オリンピック基本構想懇談会」の初会合を開き、その席上で本紙連載陣の演出家・テリー伊藤氏が「最終聖火ランナーは鉄腕アトムにして空を飛ばしたらどうか」と仰天提案。同席した石原知事は「見事なアイデアだ」と満足げだったといわれる。
実際、会合を3回重ねたあとの会見で「面白かったのは、テリー伊藤さんが、ランナーの代わりに鉄腕アトムが飛んできて聖火台に火を灯すのはどうだと言うんで、僕はなかなかいいと思うんだよ。人間が走らないわけにはいかないけど、その前に(スタジアムを)一周するわけだから。人間の存在とベンチャーテクノロジーの融和の象徴みたいでいい」などとえらく気に入っていた。
さらに「今から言うと、(アイデアなどを)いろいろ盗られちゃうからな。北京が終わったあとで大々的に発表しますよ」と秘策扱いするプランのひとつだったのだ。
ワイヤーアクションとロボットの違いはあるにせよ、同じアジアの五輪で再び最終聖火ランナーを空に飛ばしても、またか!と新鮮味が薄れることは確か。五輪招致に役立てようとはるばる北京まできて、目の前でとっておきのアイデアを先にやられては、さしもの石原知事も「アイヤ〜」と言葉を失うしかないだろう。
8日に北京入りした石原知事は、9日には日本選手村に立ち寄るほか、北京市が主催するレセプションに出席して帰国する。大会期間中に再度訪中する予定だ。現地で特別ブースを設営して東京招致のPR活動を続ける約80人の都職員もショックを受けたに違いない。
さて、開会式で23番目に行進した日本代表選手団は、旗手を務めた卓球の福原愛選手(19)にエールが送られるなどアジアの隣国として比較的大きめの声援が送られ、心配された反日感情が表に出ることはなかった。選手はみなリラックスした表情で、観客に手を振った。
8日夜の北京は晴天に恵まれ、新たなテロ予告があったものの、爆発騒ぎなどはなかった。北京五輪は過去最多の204カ国・地域から約1万1000人の選手が参加し、17日間で28競技302種目を競う。熱戦を期待しよう。