トヨタにせよホンダにせよ、高級車の基幹部分を外部から調達することなど「技術者のプライドもあって絶対にない」(関係者)。ところが日産は4年前に資本・業務提携したとはいえ、本質的にはライバル関係にあるダイムラーと二人三脚を組んだ。この“掟破り”に日産OBが「なぜだ」と叫び、カルロス・ゴーン社長の不敵な面構えを思い浮かべたのも無理はなかった。
日産が世界戦略車として今年の2月に発売した新型スカイラインはハイブリット車(HV)のみの設定で、価格は約462万円から。これに対し、ダイムラーから調達した2000CCターボエンジン搭載の「200GT-t」は約383万円からと割安感をアピールしている。日産はHVのスカイラインを海外では高級ブランドの『インフィニティ・Q50』として販売しており、今後はベンツ仕様の新型エンジンと、その“割安”をセールスポイントに『Q50』を欧州などで販売する。今季のF1世界選手権を席巻している“ベンツ”ブランドのエンジンを搭載した新型車であれば「世界に並べる」と踏んでのことだ。
実は今春、今回の決定を先取りするような情報が関係者の間を駆け巡った。イワク「日産が燃費に優れ、HVよりも廉価な車を近く本格投入すべく準備中。既にゴーン社長がダイムラーに擦り寄っている」というのだ。当時を振り返り、日産ウオッチャーは「数百億円単位の開発費用と、余計な時間を費やしたくない彼は“他人のフンドシ”での相撲を優先させた。短期間で結果を出すべく行動を起こさなければ、彼の身の安泰が保証されないと判断したからです」と指摘する。
4月30日、日産に43.4%出資する仏ルノーの株主総会が開かれた。同社は昨年12月期で820億円の最終利益を確保したとはいえ、日産の持分利益2097億円がなければ大赤字だった。ウオッチャーが続ける。
「ルノー筆頭株主の仏政府は以前からゴーンCEOの経営手腕に疑問を抱き、今年に入ると『CEO再任に反対するのではないか』と囁かれた。仏政府に寝首を掻かれたら大変とばかり、彼が切った一つが今回のベンツ・カード。総会の半月前に一部メディアにリークすると、ルノーの収益に大きく寄与すると判断した仏政府は、すかさず彼の応援団に回った。キツネとタヌキの化かし合いというのか、この辺りのシタタカさは見事の一語に尽きます」
ルノーと日産は4月1日付で人事、生産技術など4部門を統合し“事実婚”に踏み込んだ。これぞゴーン社長が切った第2のカード、とウオッチャーは指摘する。日産OBは「ドロ船ルノーの沈没回避策。会社は骨の髄まで食い尽くされる」と警戒心をあらわにするが、ゴーンCEOの留任に手を貸した仏政府の目には「これでルノーの将来は安泰」と映る。そのダメ押しが、日産のスカイラインにベンツのエンジン搭載だ。もし日産の新戦略が奏功すれば業績に貢献し、回りまわって実質的に赤字を垂れ流し続けるルノー株主に還元される構図なのだ。
確かに日産にも背に腹は代えられない事情はある。今年の3月期は増収増益だったとはいえ、期半ばで業績を下方修正し、ハードルを下げている。しかも期中の下方修正は2期末連続で、長年にわたってゴーン社長を支えてきた志賀俊之最高執行責任者(COO)を「実質、解任」(関係者)する事態に陥った。それだけにベンツのエンジンを搭載するのは業績向上に向けた“苦肉の決断”ともいえるが、自動車担当の証券アナリストは辛らつだ。
「救いの神に見えるダイムラーがどこまで日産・ルノー連合と蜜月関係を維持するかとなると怪しい限りです。特にルノーとは主戦場が欧州で一致するため、どこかでガチンコすれば牙を剥く。ましてフランスとドイツは歴史的にも仲が悪い。その場合、ルノーの軍門に下った日産がエンジンの安定供給で泣きついたところで、門前払いを食うのは目に見えている。研究開発に費やす膨大な時間と金をケチったツケは大きいと覚悟すべきです」
日産はダイムラーが立ち遅れている電気自動車(EV)技術を提供することで「ウインウインの関係を継続したい意向」(情報筋)のようだが、不気味なのはルノーの背後に控える仏政府の存在だ。ゴーンCEOの再任を承認したのは「日産を捨て石にしてルノーを再建させることが条件だった」(同)からで、処世術に長けたゴーン社長が繰り出す“次の手”次第では、ルノーの植民地と化した日産の命運が読めてくる。