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“ななの会”も寂しい相澤会長の死

 昨年の5月、“演歌のドン”と呼ばれた芸能事務所『長良プロダクション』の故・長良じゅん会長がハワイのゴルフ場で不慮の事故死を遂げ、1年経った5月23日には『サンミュージック』の相澤秀禎会長がすい臓がんで死去。そのため大手プロ幹部は「“ななの会”のメンバーが次々亡くなるのは歌謡界の歴史が無くなって行くようで寂しい」と嘆いている。
 「業界の一部にしか知られていませんが、“ななの会”とは芸能界の重鎮が作った親睦団体が、“七”の付く日に集まり、食事をしたりゴルフをする会なんです」(芸能記者)

 メンバーは、業界最大手プロといわれる『ホリプロ』の創業者で、現在は最高顧問を務める堀威夫氏、老舗プロ『第一プロダクション』の岸部清代表、『芸映プロダクション』の青木伸樹会長、『田辺エージェンシー』の田邊昭知社長、『小澤音楽事務所』の故・小澤惇元社長、そして、故・長良会長と故・相澤会長の7人だ。
 「堀さんは和田アキ子をはじめ、山口百恵、森昌子や石川さゆりらを育てた敏腕マネジャー。岸部さんの『第一プロ』は、ぴんからトリオの『おんなの道』がシングルレコード約400万枚を記録するなど、一時は“演歌の宝庫”といわれた。『芸映−』も、かつては西城秀樹や浅田美代子が所属。タモリや研ナオコが所属する『田辺−』の田邊社長は一世を風靡した元グループサウンズのメンバー。長良会長は氷川きよしを育てた“演歌界のドン”、そして相澤会長は松田聖子ら女性アイドルを育てた。錚々たるメンバーですよ」(音楽プロデューサー)

 戦後の日本の芸能界の歴史を作りあげてきたと言っても過言ではないメンバーが集まる“ななの会”。多大な貢献をし、亡くなった3人に改めて合掌。

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