広告などで関係が深い国内勢を差し置き、海外メディアが伊東社長に対する「内外の反対勢力」に言及したのがミソ。ホンダは昨年秋、相次ぐリコール騒動に見舞われた揚げ句、自動車部品メーカー、タカタのエアバッグ欠陥問題にさらされた。そんな中、複数の旧経営トップが東京・南青山のホンダ本社に伊東社長を訪ねて「苦言を呈した」「いや、辞任を迫った」などのアングラ情報が飛び交った。
密室のやり取りであり、真偽は不明である。しかし、トップ経験者が厳しい経営を強いられた伊東社長を訪問したこと自体、ホンダが異常事態に直面している現実を物語る。
果たせるかな、ロイターは伊東社長のサプライチェーン改革について「一部のサプライヤーが動揺し、ホンダの歴代首脳も警戒心を示している」と言及、返す刀で「品質をめぐる大規模なリコールで伊東社長への圧力が強まる中、退職した一部の元幹部の間では社長交代を画策する動きもあるとされる」と踏み込んだ。平たく言えば、反対勢力による社長解任クーデター計画の暴露である。
ホンダといえば7年ぶりにF1への復帰を遂げ、2月10日には英マクラーレンと再びタッグを組んでエンジンを供給するレース車を公開し、伊東社長が詰めかけた300人超の報道陣を前に満面の笑みを浮かべたばかり。そんな華麗な記者会見とは裏腹に、舞台裏では壮絶な暗闘が展開されていたのだ。市場関係者が「お家騒動勃発はF1復帰の朗報に水を差す」と眉をひそめるのも無理はない。
ホンダ本社に伊東社長を訪ねた元経営トップのうち、確認されているのは吉野浩行元社長と川本信彦元社長である。この大物コンビが伊東社長とどんな膝詰め談判をしたのかは不明だが、ホンダウオッチャーは「後輩の伊東社長には強大なプレッシャーだったのは間違いない」と断言する。何せ、増収増益を見込んでいた今年3月期は一転して下方修正を余儀なくされた。フィットの度重なるリコールと、ホンダ車の半数に搭載されているタカタ製エアバッグの欠陥問題、その煽りで販売に急ブレーキがかかったばかりか、予定していた新型車の投入が大幅に遅れるなど負の連鎖が重なった。これでは元経営トップならずとも、関係者が伊東社長にレッドカードを突き付けたとしても不思議ではない。
「確かに昨年来、伊東社長への風当たりが強まっている。フィットは1年間で5回もリコールしたし、年間の販売計画を大幅に見直した揚げ句、2017年3月期に世界販売600万台としていた目標を取り下げた。これぞ開発期間の短縮とコスト削減にまい進した伊東社長路線の弊害と断じる向きさえいる。件のサプライチェーン改革にしても、経費削減を最優先するあまり、独自技術の芽が摘まれるとの懸念がサプライヤーにはくすぶっています」(前出・ウオッチャー)
厄介なのは、そんな声に伊東社長が頑として耳を貸そうとしないことだ。それどころか前述したように、ロイターを通じてクーデター派を挑発するように改革推進を強調したのである。反伊東派といわれる面々が、売られたケンカを黙って見過ごすとは到底思えない。
ホンダOBが、こんな話を披歴する。
「創業者の本田宗一郎さんの時代と違って、現在のホンダはサラリーマン社長が続いた結果、内向きの企業体質に染まり、奥の院での権力抗争に生きがいを求める輩が増えてきた。かつて入交昭一郎さんが病気を理由に副社長を辞めたのは当時の社長と他愛もないことでケンカし、『それなら辞めてやる』と飛び出したのが真相らしい。今や社内抗争はホンダのお家芸で、次期社長の本命と目された人物は伊東社長の経営手法に批判的だったことからドロップアウトした。代わって伊東社長の腹心とされる人物が次期社長の有力候補に浮上したのですが、クーデターが起これば彼はパージされる。処世術に長けた人物しか社長になれないならば、ホンダの前途は危うい限りです」
伊東社長は今年6月で就任6年の節目を迎える。本人は続投に意欲満々だが、包囲網は確実にせばまっている。血生臭い社長解任クーデターか、世間体を取り繕う“禅譲”か。それとも奇策を駆使しての延命か…。
ついにカウントダウンが始まった。