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重賞今昔物語(天皇賞・春) ここ一番に強かったイナリワンを振り返る

 ここ一番で無類の強さを発揮した馬の“列伝”をつくれば、1989年の天皇賞・春を優勝したイナリワン(父ミルジョージ、美浦・鈴木清厩舎)は間違いなく、5本の指に入るだろう。
 地方競馬(大井、福永二三雄厩舎所属)で天下を取ったイナリワンは、東京大賞典優勝を置き土産に、鳴り物入りで中央に移籍した。地方競馬の通算成績は14戦9勝。
 「中央で天下(GI)を取る」。これがスタッフに課せられた使命だった。鈴木清厩舎に移籍すると、あわただしく栗東トレセンに飛んだ。春の天皇賞を優勝する4カ月前、真冬の1月のことである。
 中央デビューを敢えて京都にしたのは、天皇賞を見据えていたからに他ならない。従って、初戦のすばるS4着、2戦目の阪神大賞典5着という結果にも、陣営は「ドンマイ、ドンマイ」と余裕があった。
 そして、迎えた天皇賞は3角過ぎからまくり気味にスパート。一気に頂点を極める。中央初勝利が天皇賞という、サプライズな演出の裏にはいくつものドラマがあった。勝利騎手は武豊。そのコンビが決まった経緯を鈴木助手(現厩務員)は次のように語った。「ユタカのお手馬、スーパークリークが故障して乗り馬がいなくなった。そこで、即刻騎乗を依頼。ひとつ返事で快諾を得た。状態も最高に良かった」
 有り余る勢いで、宝塚記念も優勝。GI2連覇を達成した。ここ一番に強かったイナリワン(柴田人現調教師)がトドメを刺したのは、この年の有馬記念。スーパークリーク(武豊騎手)と火の出るような叩き合いの末、ハナ差抑えて優勝。年間GI3勝が決め手となり、89年の年度代表馬にも選出された。
 裏方に徹した鈴木さんは、「長所?小柄な馬だったが、全身バネのようだったし、勝負根性も抜群だった」と言う。そして、「どんな形にしろ、イナリワンにかかわることができたのは幸せだった。かけがえのない思い出になっている。乗っていてオーラを感じた馬は他にいない」としみじみと振り返った。
 翌90年の宝塚記念(4着)を最後に引退。種牡馬になったが、そのDNAを受け継ぐ馬が出なかったのは寂しい。通算成績は11戦3勝(天皇賞・春、宝塚記念、有馬記念)。

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