「米中両国ともに、正恩第一書記の暗殺で国際社会から批判される危険性は非常に小さい。逆に世界から称賛を受ける可能性すらあります。むしろ中国には二つの面で好都合なのです。米特殊部隊が暗殺を決行した場合、朝鮮半島の将来に対する主導権は米韓両国が握りますが、中国側が米国より先んじた場合には、朝鮮半島の将来に対して強い発言権を行使できる。中国が第一書記暗殺というカードを切れば、米国はその後の朝鮮半島の統治について、中国主導の路線を追従せざるを得なくなるのです。そうなれば中国は金正日総書記の長男である金正男氏の政権を擁立し、北京寄りの緩衝国家を構築するでしょう」(前出・ウオッチャー)
しかし、極東アジア情勢はそう単純ではない。暗殺作戦を実行する場合、実行部隊は中国最大最強と謳われ、北朝鮮と国境を接する「瀋陽軍区」が担うことになるが、同軍区は反中南海で北朝鮮寄りの軍閥的な存在だ。
北京をある意味無視して北朝鮮と好誼を通じるのは、同軍区の出自と無縁ではない。何しろ金正日総書記は'09年以降、11回も瀋陽軍区を訪れているのだ。
「中国は朝鮮戦争勃発を受けて金日成主席に“義勇軍”を送りましたが、その実体は、朝鮮族らが中心となって編成された第4野戦軍です。同軍こそ瀋陽軍区の前身。つまり中国と北朝鮮がいわゆる“血の盟友”なのではなく、瀋陽軍区と北朝鮮こそが『唇歯相依(密接な相互依存の関係)』なのです。国連の北朝鮮への経済制裁が機能しないのは、同軍区が北朝鮮ビジネスを展開しているから。同軍区高官の一族らは、北朝鮮に埋蔵されるレアメタルの採掘権を、密輸する武器や食糧、生活必需品や脱北者摘発の見返りに保有するなど経済面で密接に連携しています。北朝鮮人民軍の軍事パレードに登場するミサイルや戦車の一部も、同軍区がレンタルしているという説もある。しかも、初期の北朝鮮製ICBM技術は、同軍区から流れた疑いすらあるのです」(朝鮮史に詳しいジャーナリスト)
北朝鮮の美女音楽グループ『牡丹峰(モランボン)楽団』が北京公演をドタキャンして緊急帰国した際、中朝は緊張状態に入った。瞬時に瀋陽軍区から即応部隊2000人が中朝国境に到着するなど、機動力に優れているのも特徴だ。それもそのはずで、朝鮮有事ともなれば米韓日への即応態勢が取れよう訓練されているのである。
習主席は頭越しに「対北独自外交」を繰り広げる瀋陽軍区を北京軍区に吸収合併しようと、北京軍区に側近を派遣するなど軍掌握の布石を打った。しかし、どの程度できているかは不明だ。
「金第一書記は36年ぶりに開かれる5月の労働党大会までは、米国や中国に対して強硬姿勢を取り、その後は妥協に転じる腹積もりだと思いますが、それまで暗殺を恐れるあまり神経を正常に保てるかどうか。核のボタンに手を触れれば習主席の思うツボです」(同)
複雑に絡み合う国内情勢に加え、アメリカの事情と『パナマ文書』の存在…。そんな中で金正恩第一書記の暗殺に成功すれば、中国は南シナ海問題での国際的非難を一気に回避できるかもしれない。
果たして中国、米国は動くのか。