彼女は店のある地域から電車で一本二駅くらいの場所で一人暮らしをしていた。時々、店の女の子達が遊びにきたり、泊まりに来たりもする。ある日いつものように、数名伴って帰宅した際。
ドアの鍵をあけようとしたとき、何か嫌な気がよぎった。
「樹奈ちゃんどうしたの?」
「え、ううん、なんでもないよ」
気のせいかと思い、ドアの取っ手に手をかけた瞬間。
ぬるっとした、あまり気持ちの良くない妙な感触が手を伝わってきた。
なにこれ…。
透明でそれでいて白いっぽい、何かアメーバのような、液体がドアノブにかかっていた。
既に手に触ってしまったのに、ドアから恐怖のあまり後ずさった。
「え、ちょっと…これってさ、もしかして…」
樹奈と他のキャバ嬢たちは顔を見合わせた。おそらくこの液体の正体を皆瞬時に突き止めたようで、一呼吸置いてから、「きゃああああああ!」と悲鳴をあげて慌てだした。
「やだっ、やだっ、なにこれ、きもいんだけどぉぉ!」
「樹奈さん、とにかく手洗ってこよ、部屋の中入らなきゃ」
「ちょっとまって。これ傷害事件じゃないの? 警察が先じゃない?」
あまりの気持ち悪さに、ついうっかりしていたが、よく考えてみたらここは警察の手に委ねるべきなのかもしれない。そう気づいた樹奈は手を宙に挙げたまま一番近くの交番へと出向くことにした。
ところが、こともあろうにこんな遅い時間なのに交番には警官が一人もいない。
「何、この交番、やる気ないわねー?」
樹奈たちは仕方なく、帰ることにした。キャバ嬢Aが樹奈の手と家のドアノブの状態を念のため、デジカメで撮影しておいた。後でまた何か起きた時のためである。
数日後、一人で帰宅した際、またドアノブに同じような液体がかけられていた。
げんなりしながら、用意していたウェットティッシュで拭いて鍵を開けようとしたその時、周りで何か人の気配を感じたので、その方向に目をやると…。
そこにはなんとズボンとパンツを半分下げたサラリーマン風の男が、「見つかった!」というような顔をして立っていたのだった。
樹奈は、瞬時にそいつが犯人だとみなし、5センチヒールのパンプスを脱ぎ捨て、逃げる男を追いかけた。ズボンとパンツ半脱ぎ状態で逃げてる男なんて小学生でも捕まえられる。すぐさま御用になったのだが、なんとこともあろうに近所の警官だったというオチである。
市民の安全を守る立場の人間がこんなことをするなんて、ありえない。
よく、キャバ嬢を信用できないとかいう人いるけど、こんな警察官より、よっぽどましだよって言いたいわ。
樹奈は怒りと恐怖で、この警察官が捕まった後、すぐに新しい部屋を探すのだった。
文・二ノ宮さな…OL、キャバクラ嬢を経てライターに。広報誌からBL同人誌など幅広いジャンルを手がける。風水、タロット、ダウジングのプロフェッショナルでもある。ツイッターは@llsanachanll