日本初のマラソン大会「安政遠足」

ミステリー 2019年04月13日 23時00分

日本初のマラソン大会「安政遠足」画像はイメージです

 現在放送中のNHKの大河ドラマ『いだてん』は、日本で初めてオリンピックに参加した金栗四三と、日本にオリンピックを招致した男、田畑政治を軸に物語を展開している。

 金栗四三はオリンピックに参加した経験から、日本でのスポーツ振興の必要性を痛感。箱根駅伝などの駅伝大会やマラソン大会を開催し、高地トレーニングを行うなど、日本のマラソン界やスポーツ界の発展のために尽力した。

 さまざまな業績から金栗は「日本マラソン界の父」と呼ばれるが、それでは日本で初めてのマラソン大会は何だったのだろうか。それは江戸時代に開催された「安政遠足(あんせいとおあし)」だとする説がある。

 「安政遠足」は1855(安政2)年に安中藩主の板倉勝明が開いた、鍛錬のための競走である。板倉は学問を好み、後藤松陰らと交遊した知性派の殿様。西洋軍制の導入や杉の栽培など、近代的な藩政改革に取り組んだ名君であった。

 板倉は、迫り来る欧米諸国に対抗するために、藩士の鍛錬を心に誓い、50歳以下の藩士98人(96人という説もある)を数隊に分け、5月中旬から6月初旬にかけて、安中城門から碓氷峠山頂の熊野権現まで7里強(29.17km)を走らせた。これを「安中御城内御諸士御遠足」と呼んだ。

 5月18日に藩主の命を受けた代官・窪庭谷五郎は、碓氷峠に熊野権現の神主の組頭だった曾根出羽を呼び出し、藩士たちの遠足を行うので完走の証拠に割札を渡すよう依頼した。数日間、数回に分けて走らせたが、配慮がきく藩士たちは自分の上司を追い抜くことはできなかった。

 この時の藩士たちのタイムや着順は、1955(昭和30)年に、碓氷峠の茶屋で発見された『安中御城内御諸士御遠足着帳』に記録されている。見事、ゴールした者には賞品として力餅が与えられたという。この力餅がどのようなものかは想像するしかないが、達成した者だけが味わえる餅だけにさぞやおいしかったことだろう。

 この日本初のマラソンは、1956年に『マラソン侍』として映画化された。現在でもこの伝統は受け継がれており、1975(昭和50)年以降は毎年「安政遠足侍マラソン」という、仮装での参加が可能な愉快な大会が5月第2日曜日に開催されている。

(山口敏太郎)

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