「いくらイチローでも、いいのか。最大のライバル企業へのCM出演は許されるのか。日本代表に何億も出してくれているアサヒビールに対し、道義的に失礼ではないか」という声が、日本代表関係者から出たのは当然だろう。
しかし、勝てば官軍だ。CMデータバンクの調査によると、「2月後期のCM好感度ランキングで、一番搾りはアルコール部門の1位を獲得。全体でも9位にランクイン」という結果が出た。今年1〜3月期のビール系飲料出荷量で、キリンビールはアサヒビールを抜いたというのだから、イチロー様々になる。他にもイチローをCM起用しているNTT西日本、日産自動車も万々歳だろう。
世界の王を胴上げして、日の丸に熱い思いのあるニュー・イチロー像を作り上げたのに続いて、今度は胃潰瘍になるほど悩みに悩んだ末にまたまた新しい顔をアピールした。単なる天才とはひと味違う、苦悩する人間味あふれる、スーパー・ヒーローだ。
WBCをジャンプ台とするイチローと正反対に、疫病神にでも取り憑かれているようなのが、ヤンキース・松井だ。2度のWBC、日本人メジャーリーガーとしてイチローとの格差は途方もなく広がってしまった。
王監督が夢見ていた「1番・イチロー、4番・松井」という史上最強のドリームジャパンは、松井にとって最悪の時期だった。入団時の3年契約、総額2100万ドル(当時約25億200万円)から、新たに4年総額5200万ドル(約62億4000万円)という大型契約をヤンキースと結んだばかりだったからだ。
「大型契約をしたからには、それに見合った成績を残さないといけない。3月は開幕前の大事な調整時期。WBCに出て、チームを離れるのは不安だ」という松井個人のためらいと、ヤンキースがWBCに選手を派遣するのに消極的だったというチーム事情もあった。さらには、欠場をほのめかすイチローの「WBCに関しては一緒に決めよう。3月にやるのでは、オープン戦のようなものだから」という悪魔のささやきもあった。
もう1つ、日本と米国の温度差があった。第2回大会の今回でも米国のファンはイチローが言うように、WBCをオープン戦並みに扱い関心は全く低い。「日本に帰ってきて、松井がWBCに出ないと大騒ぎになっているのを知って驚いた」と松井サイドは仰天した事実がある。どういう経緯があるにせよ、WBC日本代表を辞退した松井には、故障禍が次々と襲いかかってきた。
1年目の2003年は2割8分7厘、16本塁打、106打点とまずは順調なスタート。04年は2割9分8厘と3割にあと一歩も、期待された本塁打は31本と30本台を超え、2年連続100打点超えの108打点。05年も3割5厘、本塁打は23本と減ったが、打点は自己最高の116。メジャーリーグでは打点が一番評価されることを考えれば、順風満帆と言えただろう。しかし、開幕前にWBCが行われた06年はケガのためにわずか51試合しか出場できなかった。打率3割2厘といっても52安打、本塁打8本、打点29と散々な成績に終わっている。王監督に文書で謝罪、WBC出場辞退という苦渋の決断を書きつづった松井だが、ここから野球人生は狂い出すことになる。