アスレチックスが37歳を迎える松井秀喜を獲得した理由は、前年のエンゼルスと同じである。中核を任せられる強打者が欲しかったからだ。しかし、アスレチックスのビリー・ビーンGMが松井に寄せる“期待”は、もっと具体的だ。
「100打点を期待している」
昨季、アスレチックスはメジャー30球団中トップのチーム防御率3.56。指名打者制のアメリカンリーグ内で見ても、リーグ2位のチーム防御率がレイズの3.78だから、「投手力の優れたチーム」と言っていい。それでも、中地区2位勝率5割と成績が振るわなかったのは、打線が貧弱さに尽きる。昨季、松井はエンゼルス敗退の戦犯のように扱われたが、84打点を稼いでいる。アスレチックスでもっとも多く打点を稼いだのがクーズマノフ、スズキの71打点だから、入団した時点で松井は『チーム打点王』になったわけだ。
松井は復調するか−−。昨季の成績を前半と後半に分けてみると、その兆しが窺える。年間成績は、打率2割7分4厘、本塁打21、打点84。前半戦は打率2割5分2厘、本塁打10、打点47。後半戦は打率3割9厘、本塁打11、打点37。後半戦の出塁率は4割を越えており、年間で見たその数値は3割6分1厘だから、尻上がりに調子を上がってきたかが分かる。しかも、年間OPSが8割2分0厘なのに、後半戦では9割5分5厘(OPS=出塁率プラス長打率)という高い数値を残している。巨人時代からスロースターターではあったが、ここまで前半戦と後半戦で数値が違うシーズンは近年見られなかったはずだ。
エンゼルスが調子を取り戻した松井をスタメンから理由は1つ。マイク・ソーシア監督は2018年までの長期契約を交わしている。夏場、優勝戦線から脱落しかけた時点で若手中心の来シーズンに向けた戦い方に切り換えてしまったからだ。もっとも、優勝戦線から脱落した原因の1つに「松井のスランプ」もあったわけだが…。
こうした尻上がりに成績を高めてきた松井を見て、ビーンGMは「松井は完全回復した。『買い』だ」と判断したのである。
アスレチックスは松井に「100打点を稼がせる」チームとも言える。
まず、1番が予定されている中堅手のココ・クリスプ(本名はコペリ)は「ア・リーグ盗塁王候補」で、出塁率過去9年間で出塁率3割を切ったシーズンは1回しかない。昨季は左手の骨折や肋間筋炎症などで75試合しか出られなかったが、32盗塁をマークした。2番候補のダリック・バートンは「四球生産マシン」のニックネームもあり、3割9分3厘と高い出塁率を誇る(昨季リーグ5位)。二塁打量産のギャップヒッターだが、バントも巧い。
3番にはギャップヒッターで出塁率の高いディビッド・デヘスースか、大砲タイプのジョシュ・ウィリングハムが入る。クリスプが出塁して盗塁し、バートンがチャンスメイクして、4番の松井へ−−。
これが、ビーンGMの描く2011年の攻撃スタイルだ。昨季はクリスプ、バートンがチャンスメイクしても、クリーンアップが機能しなかったのである。大砲は2人いれば、一方が打ち損じてもチャンスは途切れない。アスレチックスナインは松井とウィリングハムの加入を歓迎している。
ただ、松井がホームランを量産することは考えにくい。アスレチックスの本拠地『オークランド・アラメダ・カウンティ・コロシアム』は、投手有利の「ピッチャーズパラダイス」と捉えられている。両翼101メートルと外野フェンスまでの距離も確かに長いが、この球場の特徴はファールグラウンドが広いこと。「松井のようなフライバッターはファールフライ・アウトの数も増えるのでは」というのが、米メディア陣の意見である。
昨季は左膝の影響で調整が遅れ、練習不足がそのまま前半戦の不振に直結してしまった。オフからキャンプインにかけ、松井は相当量の練習もできたらしいが、レフトが予定されているウィリングハムは守備がヘタだ。本当は指名打者タイプだという。状況によっては「左翼・松井、DH・ウィリングハム」という試合もあるかもしれない。
松井には1度、スランプにはまると長期化する悪癖もあるが、ボブ・ゲレン監督は松井をスタメンで使っていくという。その期待に応えてほしい。チームが優勝戦線から脱落した場合、ビーンGMはその時点でベテランを放出し、来季に向けた補強を行う。チームを優勝に導くか、シーズン途中で放出されるか…。松井は責任重大である。パワー勝負できる日本人メジャーリーガーは今のところ、松井しかいない。(スポーツライター・飯山満)
※外国人選手名などの方仮名表記は統一事例がありません。共同通信社刊「記者ハンドブック」の外国語用例集、及びベースボール・マガジン社刊『月刊メジャー・リーグ』を参考にいたしました。