闇の携帯電話ビジネスには、人気の最新機種を白ロムとして転売する手口もあれば、発信電話番号から足が付きたくない詐欺師相手に「飛ばし携帯」として売却することもある。確かに目先の現金は作れるが、後日携帯電話の名義人には電話会社から多額の請求書が届いたり、警察や電話会社から睨まれ、場合によっては今後携帯電話を契約できなくなってしまう。名義人のリスクは大きいといえる。
「まあ、最終的に名義人が泣きを見ることにはなるが、携帯でもっとオモロい現金作りの方法もあるで」
指定されたオープンカフェの一角で、市川学(仮名・43歳)は紅茶をすすりながら不敵に微笑んだ。市川の仕事は、さしづめ「ヤミの総合商社」。お金さえ積めばベンツの盗難車から監禁用マンションまで3日で用意してやると豪語する。最近は携帯電話と預貯金口座のブローカーとして相当潤っているという。
「白ロムの転売? SIMカードの売却? そんなの誰だって思い付くやろ。俺は契約関係そのものから儲けさせてもらうんや」
○携帯サイトの入会ポイントをかき集めろ!
市川は言う。
「言っとくけど、プリペイド式携帯電話はあかんで。プリペイド式やったらインターネットに接続でけへん。狙うのは、通常契約方式で契約されたドコモかソフトバンクの携帯電話や。機種はまあ何でもええけど、後に白ロム転売でも儲けたかったら、ドコモのSH906iとかP906i、ソフトバンクなら923SHや920SHといった人気機種の方が有利やろな」
なぜ携帯サイトへの接続が必須なのか? 携帯サイトには出会い系・懸賞系・情報系などありとあらゆるジャンルで星の数ほどサイトがあり、これらに入会登録することが現金獲得につながるからだという。
「いまや多くの携帯サイトは、1人でも多くのユーザに見てもらいたいため『入会キャッシュバック』のサービスをやっとる。例えばAというサイトに入会したら50円、Bなら200円、Cだと100円という具合にサイトごとに金額は違うんやけど、ただ入会しただけでキャッシュバックをもらえる特典があんねん」
市川の狙いはこうした入会キャッシュバックの「ポイント」をかき集め、現金化することにあった。パケット通信料にも注意を払う。パケット定額制サービスを申し込み忘れた名義人の携帯電話でポイント集めを行った結果、パケット通信料だけで38万円の請求書が届き、計画途上で携帯電話が利用停止になったケースがあるからだという。
○午前9時までに申請すれば、正午前には現金ゲット!
このポイント集めで不可欠なのが、ポイントの換金サイト。市川によると、数あるポイント換金サイトのうち使いやすいのが「モバイルYEN」と「毎日給料」だという。これらのサイトには多くの業者が登録している。「ウチは入会ポイント10円」「当社は30円」と各社が設定した入会キャッシュバックの金額を、新規会員を募ってくれた謝礼として換金サイト管理者に支払う仕組みになっている。
「ドコモなら1回に換金できるサイトの上限が70サイトくらい、ソフトバンクなら40サイトくらいやな。換金の上限まで数々のサイトに入会手続を取り、ポイントを集めて平日午前9時までに換金申請を出せば、大体当日の午前11時55分ごろには指定した口座に現金が振り込まれとる」
あとは地道に「携帯サイトに入会→換金申請する」を何度も繰り返すらしい。この方法でドコモの携帯電話1台につき最高で6万6000円前後、ソフトバンクだと1台5万〜6万円弱をしぼり取れるという。
「不思議なのはau。契約したては最大2万5000〜3万円程度しか換金でけへんが、契約から足かけ4カ月目に入るとなぜか上限が7万円に跳ね上がるんや。auの携帯でポイント集めするなら、名義人に契約させてからしばらく寝かせといた方がええやろな」
ちなみに、ポイント換金を行ってから約1カ月半後にはおおむね換金額の3倍程度の利用料が名義人に請求される。名義人はとてもそんな大金を払いきれないから、最終的には踏み倒すことになる。おいしい特典だけ戴いて、肝心の利用料を払わないのだからハッキリ言って詐欺だが、ポイント換金サイトでは、携帯電話の名義と換金されたポイント送金先口座の名義が異なっていても全く問題ない。この盲点こそが市川の付け目なのだ。
何とも巧妙な携帯電話錬金術。しかし、この方法は市川のように息の掛かった名義人を多数抱えていて、「飛ばし携帯」をいくらでも調達出来る人間でないと使えないかといえば、実はそうではない。
「インターネットオークションのサイトを検索すれば、『SIMカード』とか『携帯電話チップ』といったジャンルで加入契約済みのSIMカードがいくつもヒットするやろ。末端価格で2万5000〜3万円やから、これを入手してきて自分の携帯電話に差し替え、ポイント換金で5万円くらい抜いたら差し引き2万円そこそこの儲けにはなるで」
実行すればもちろん違法行為。しかし、これならば自分の名義に傷は付かない。こうした輩がいる限り、まともな携帯利用者はバカをみる。許されざる手口といえる。(横山大輔)
○ポイント集めのバイト雇用も…
市川によると、ポイント換金には泣き所が一つあるという。5〜6万円の現金にたどり着く前にチマチマと多数の携帯サイトへの入会手続を取らねばならず、非常に手間と時間を要する点だ。
“携帯サイト自動入会ソフト”なんて聞いたことがないから、ここは人海戦術で朝から晩まで携帯電話を操作し、入会するサイトの数を稼ぐほかない。実は、市川も考えることは同じだった。
「俺が日がな一日携帯電話をチョコチョコいじり続けるわけにもいかんから、携帯電話操作要員のバイトを傭ったんや。一人は無職のヤツで、もう一人は仕事をしとったから、休日を使って俺の事務所でポイント集めに精を出してくれとったわ」
ところが、2人のバイトのうち1人が日給1万円の報酬では我慢出来なくなったのだろう。こっそりポイントの換金先口座を自分名義の口座に指定し、一部しか市川の指定した口座に入れず着服横領していたのだ。
「その日の昼1時半になってもまだ振り込まれんので、俺も不審に思ってヤツに連絡したんや」
市川の追及に対し、そのバイトは「不具合があり送金が遅れているようだ」「換金手続の際、連絡先メールアドレスを間違えたかもしれない」と見え見えの言い訳を並べたメールを返してきた。
「そこで、俺も『だったら、○○駅近くで午後2時に直接会って話をしようか』と言ってやったところ、ヤツは急に怖くなったのか掌を返し『それなら、今まであなたがやったことをすべて警察に話して自首する!』と尻尾を巻いて逃げ出しやがった(笑)」
市川はそう言って笑いながらティーカップを置くと、今日も新たな名義人と面接するためにベンツに乗り込み消えていった。
○「白ロム」とは
携帯電話会社との加入契約が解除された中古の携帯電話機のこと。ドコモやソフトバンクでは、同一会社の携帯電話間であればSIMカード(バッテリーの下に収納されている親指の爪位の大きさの電話番号等が記録されたチップ)を差し替えるだけで通話可能となる。
白ロムの売買自体は合法。例えば新品だと3万7000円する922SHが、白ロムだと2万2400円で買えるなど、高価な人気機種を安く手に入れる裏技としてマニアの間で密かな人気となっている。