奇しくも尖閣問題が風雲急を告げてきたタイミングだけに、関係者が「売り急ぎの背景に何があったのか」と疑心暗鬼になるのも無理はない。
このオムニバス、中国の国家外為管理局に関連する国策ファンドとされるが、名目上の本拠地はオーストラリアのシドニーにあり、香港上海銀行東京支店が常任代理人を務めている。常任代理人とは資金や株式の保護・預かり業務の代理で、オムニバスの実態は依然としてベールに包まれている。
とはいえ、ハッキリしているのは日本企業の大株主に初めて登場したのが2007年3月期の5社で、昨年3月期には238社まで拡大した。これに比べると今年3月期は絶対数でこそ減少したものの、アベノミクスによる市場の回復もあって、保有株の時価総額はトータル4兆200億円と、前年(3兆5000億円)を大きく上回る。
「この金額だってベスト10に登場した企業のトータル。会社に公表義務がない11位以下の株主を含めると、今年3月期時点で時価5兆円超を運用していたのは間違いないでしょう」(市場関係者)
繰り返せば、その中国マネーが日本市場から一気に“蒸発”したのだ。大株主から消えた企業を列挙してみると、自動車ではトヨタ、日産、ホンダ、ダイハツ、スズキ、いすゞなど、ほぼ軒並み。電機ではパナソニック、東芝、ファナック、NEC、富士通などから消えた。ゼネコンでは鹿島、大成建設、大林組、清水建設。商社では三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、住友商事、丸紅。さらにJR東日本、JR西日本、JR東海、NTT、NTTドコモ、新日鉄住金、野村HD、大和証券グループ本社などからこつ然と姿を消した。
ベスト10に残っている企業でも日立、ソニー、武田薬品、ソフトバンク、三菱重工などが3月期比で半減している。一方、銘柄としては少数ながらも石油資源開発、富士重工、マツモトキヨシなどは保有株数が増えている。他にベスト10以下にとどまり、第三者にはうかがい知れないケースがあるにせよ、ざっと時価4兆円からの大枚が短期間に市場から消えた計算になるのだから“事件”といえるだろう。
一体、これは何を意味するのか−−。市場には「信託名義への移し替え」「中国金融不安の影響」、さらには「有事に備えた叩き売り」など、さまざまな観測が飛び交っている。
信託名義ウンヌンの根拠は、消えた銘柄のうちNECなど約80社で新たに「バンクオブニューヨーク」による信託名義が大株主として登場していることだ。OD05だけでも実態が曖昧なのに、バンクオブニューヨークの信託名義を絡ませることで「一層、秘密のベールに包ませたいとの思惑が働いた」(金融筋)との見立てである。しかし、手数料を払ってまで名義を移し替える必要性があったのかとなると疑問が残る。
中国金融不安の影響には一応の説得力がある。今年の6月から7月にかけて「陰の銀行」と呼ばれるアングラマネーが中国経済を揺るがしかねないと問題になった。何せ約500兆円規模のボリュームを誇る。最悪の場合、中国バブルが崩壊し、「中国発の世界恐慌になりかねない」と世界の金融マンが緊張した。
幸いにもそんな事態は回避したが、9月中間期で大量処分したということは「7月前後に決済した可能性が大きい」(証券マン)。確かにこの時期、日経平均株価は低迷していた。中国マネーによる大量の売り圧力が株価の上値を重くしたと理解すれば、当時の株価低迷も十分説明がつく。
だが、それ以上に聞き捨てならないのが「有事に備えた叩き売り」だ。
中国大使館は11月8日、日本在住の自国民に「自然災害など重大な突発事態に対応するため」として連絡先の登録を呼びかけた。これが明らかになったのは、中国が「尖閣諸島周辺を防空識別圏に加えた」とする同23日の直後のこと。そこへ9月末で保有株の大半が消えたことが明らかになったとあっては、「さては…」と映る。
折も折、日本の大企業のトップらでつくる日中経済協会の訪中団は、希望した李克強首相との面会を袖にされる屈辱を味わった。こうした一連の動きが日中の緊張が高まる中で起きたのは、果たして偶然なのか。
どうやら中国が強力な「対日カード」を握ったことだけは確かなようだ。