「ア軍のビリー・ビーンGMは、絶対にリップサービスをしてくれません。交渉過程すら教えようとしないGMが、唯一、接触を認めているのがボストンレッドソックスのエンドリアン・ベルトレ三塁手なんです」(米国人ライター)
ビリー・ビーン氏は、メジャーきっての敏腕ゼネラルマネージャーと言ってもいい。名著『マネー・ボール』に象徴されるように、独自の目線と手法で「お金を掛けずにチームを強くする」策士でもある。
また、今オフの米FA市場は大物選手が少ない。ベルトレはその数少ない大物の1人である。
「ア軍はア・リーグ1位のチーム防御率を誇っています。打撃陣が不振で、今オフの補強ポイントは強打者でした。松井秀喜に興味を示しているチームの1つとして、ア軍が出てくるのはそのためです」(前出・同)
ベルトレの今季の成績は、打率3割2分1厘、28本塁打、102打点。レッドソックスは1000万ドルを提示したが、ベルトレはFA選手として、所属先を探すことにした。
「ベルトレ? 典型的な右のプルヒッターですね。09年までマリナーズに在籍していたので、日本人メディアもよく知っていますよ。レフト方向に引っ張る打撃しかできず、かといって、(マ軍の本拠地の)セーフコフィールドのスタンドまで打球は届きません。レ軍の本拠地であるフェンウェイ・パークは左翼が前に出ているので、今季、本塁打を量産できたのはそのおかげです。ア軍の本拠地は広域球場なので、レ軍に残留した方がいいように思いますが…」(日本人メディアの1人)
イチローの取材でマリナーズに張りついた日本人メディアは、ベルトレを高く評価していないようである。独自の眼力を持つビーンGMが「ベルトレはオークランドでも活躍できる」と判断したのかどうかはともかく、ア軍の補強候補選手のなかで、もっともお金の掛かる選手は、岩隈である。入札金1910万ドル(約16億円)、年俸4年総額1525万ドル(約12億7000万円/金額はともにUSAトゥデー・電子板22日付参考)。つまり、前出・米ライターや米国の野球取材陣は、岩隈との交渉をいったん打ち切ったのを受けて、「補強予算を岩隈で使い切る前に、ベルトレを獲ろうとしている」と判断したのだ。まして、岩隈はポスティング対象選手である。12月7日(現地時間)まで、他29球団は交渉のテーブルに着くことさえできない。岩隈の交渉を完全に断ち切ったのではなく、「今オフの最優先課題である打撃陣の強化を優先させた」と見ているのだ。
日本のメジャー中継関係者がこう続ける。
「近く、松井秀喜がホワイトソックスとの交渉を開始するとの情報も流れています(23日時点)。アスレチックスも松井に興味を示しているので、岩隈と松井がチームメイトになる可能性もあります」
ビーンGMは口が堅いことでも有名だ。これまで、日本人メディアに何度も「松井獲得の可能性」を質問されてきたが、「交渉過程はコメントしない」の一点張りだった。しかし、
「08年3月、レッドソックスとアスレチックスが日本で開幕戦を行いました。ビーンGMはこの開幕戦以降、日本市場に進出したいとし、マリナーズや、巨人と業務提携を交わしているヤンキースのことも研究しています。ビーンGMは愛想が良くないけど、わざわざ立ち止まってノーコメントを伝える誠実な一面もある。日本市場進出を目指している人が岩隈をコケにするような交渉はしないはず」(前出・米国人ライター)
名著『マネー・ボール』で知られるア軍は、補強にお金を掛けないと言われてきた。だが、ベルトレに『5年6400万ドル』(約51億円)を提示したとされ、08年11月には、強打者のマット・ホリデー(年俸15億円強)をトレード獲得し、リードオフマンのラファエル・ファーカルもドジャースから強奪しようともした。必要とあれば、補強に大金を投じると思わせておきながら、翌09年7月のことだった。チームの地区優勝の可能性がほぼなくなると、ホリデーをカージナルスに放出し、中堅、若手選手と交換してしまった。
「同じア・リーグ西地区のマリナーズが岩隈獲得を目指していたため、それを妨害する目的で岩隈の入札に参加したのではないか? あるいは、ベルトレの獲得に失敗した場合、岩隈を獲得し、岩隈を含めた自軍投手の1人をトレード要員にして打線強化をはかるのではないだろうか」
ドライな補強を見てきたからか、米国メディア陣はそんな“邪推”もしていた。『マネー・ボール』では生え抜きのFA取得選手も交換要員とし、若手や中堅をトレード獲得する利点も書かれていた。そのチーム編成論も間違っていない。しかし、日本での市場拡大を本気で目指すのであれば、岩隈が今、どんな気持ちでいるのかも理解すべきだろう。