その人は、「先ほどはありがとう、またいらしてくださいねー」と笑顔で通り過ぎようとしたわたしの腕をつかみ、「なぁ、オレあんた気に入っちゃったんだよ? 頼むからこれから一緒に飲みにいこうぜぇ?」と、お酒とタバコ臭い息を吐きかけながら迫ってきた。
運の悪いことに、ボーイさんはまだお店から出てこない。このぐらいの時間にはいつも出てくるんだけどなぁ。助けてぇぇぇっ…。
「今日は飲み過ぎじゃないですか? また日を改めてここにいらしてください、お待ちしてますから」
と、やんわりお断りしたら
「けっ、そうやって店来い来い、って営業かけやがって。なんだよ、何様なんだよ、おめーら。あぁ??」
と、男は危機を感じるほどの詰め寄り方をしてくる。逃げたくても、腕をしっかり握られていて逃げられない。
「た、たすけ…」
「いいから来いよ、なぁ? …!?」
瞬間、男は地面に大の字になっていた。
何が起きたのかと思って回りを見ると、うちのお店の女の子…女の子と呼ぶには中身はかなり男前な子、蓮ちゃんがこのお客さんをつかんで地面に叩きつけたのだった。
「次にまた来いっていうてるやろうが。そんなに嫌われたいんかい」
「いてぇなぁ、何しやがるこの男女がぁ!」
と言って、男はかなり重量感のあるカバンで蓮ちゃんの顔に殴りつけた。
蓮ちゃんは避けきれず、その場で倒れてしまい、動かない。
わたしは、蓮ちゃんにかけより何度も呼びかけるが返答がない。そんなわたしをまだ連れ出そうとする男。
「おい、邪魔はほっといて、さっさと行くぞ、手間とらせやがって…」
わたしはあまり覚えてないけど、蓮ちゃんのみようみまねでだったと思う、その男の胸ぐらをつかみ、地面にたたきつけた。…ような気がする。
「女に暴力振るうなんて、そんな男の人になんて優しくできないし、まして一緒になんて飲みにいけない!」
わたしも暴力をふるってしまったけど、それは正当防衛だから。倒れている蓮ちゃんを再び店に連れて行き、手当してもらうことにした。
文・二ノ宮さな…OL、キャバクラ嬢を経てライターに。広報誌からBL同人誌など幅広いジャンルを手がける。風水、タロット、ダウジングのプロフェッショナルでもある。ツイッターは@llsanachanll