-
芸能ネタ 2015年04月15日 15時30分
お笑い芸人の不倫劇(前)
「女は芸の肥やし」というが、時として、離婚につながる不倫もある。最近起こった芸人不倫劇で、もっとも業界をザワつかせたのは、さらば青春の光だろう。 2013年、松竹芸能に所属していたふたりは、“キングオブコント”(KOC)決勝戦に2年連続で進出するほど、若手有望格だった。ところが、イケメンのほうの東口宣貴は、他事務所(プロダクション人力舎)で先輩の鬼ケ島・和田の妻で、元タレントの中川楽美と不倫。行為に及んだ場所が、和田と住んでいたマンションだったこともあったという。 アヤしい関係は、3月から5月あたりで、少しのあいだ。だが、先輩芸人の嫁を寝取った後輩として、この噂はまたたくまに広がった。人力舎は事実確認をしたうえで、一部を除いて、さらばとの共演をNGに。そんな矢先に開催された“KOC”で、2位が鬼ケ島、4位がさらばという順位が如実に出て、和田は復讐することに成功した。 やがて、和田は結婚1年でスピード離婚。東口は、松竹を解雇されて、所属事務所が決まらないまま、フリーランスという形で相方の森田哲矢と個人事務所を設立した。 狩野英孝の場合は、元来の浮気性が大きな引き金となって、昨年の離婚につながっている。 11年、『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)の企画で、5年間交際していた3歳年上のあつこさんに公開プロポーズをして、婚約。翌12年、自身の誕生日に結婚した。ところが、そのわずか6日後に発売された写真週刊誌『FLASH』に、モデル・濱松恵と不倫密会を思わせる写真が掲載された。 川崎麻世とも噂になった濱松。有名人を相手にした売名行為と思えるが、非は狩野にある。なぜなら、あつこさんと同棲していた時期に、写真週刊誌が一般女性との二股疑惑をスクープ。さらに、公開プロポーズをした年にも、イベントコンパニオンとの二股を撮られているからだ。重なる浮気。こうなれば、完全に常習犯。妻が三下り半を突きつけたのは、当然か…。 論より証拠を残されては立つ瀬がないが、芸人の世界にはこれまでに、灰色のまま雲散霧消になったケースもある。次週は、その2組を紹介しよう。(伊藤由華)*写真イメージ
-
ミステリー 2015年04月15日 15時30分
カエルから妖精まで、不思議写真の謎(2)
多くの人が手軽に情報を発信できるネットのソーシャルメディアなどでは、毎日のようにまことしやかなデマが流れている。デマと言っても悪意のあるものばかりではなく、無邪気なイタズラやウソだったり、あるいは笑いを取るネタとして「種明かし」をあらかじめ潜ませているものもある。だが、そういった「ネタ」が予想を超えて広まってしまい、当人にも引込みがつかなくなってしまったものもある。 それは、ネット社会に特有の現象ではなく、大衆メディアが成立した19世紀末以降、何度も繰り返し発生している。その中でも、特に有名なもののひとつが、今回紹介する「コティングリー妖精写真事件」である。 妖精に興味が無い人でも、蝶のような羽を持つ小さな人影がが少女の周りを舞い踊っている古いモノクロ写真を観たことがあるかもしれない。その写真こそ、イギリスのコティングリーで1917年に2人の少女(当時9歳のフランシス・グリフィスと、いとこで15歳のエルシー・ライト)が撮影したとされる妖精の姿である。そして、シャーロック・ホームズの作者として有名なコナン・ドイルが写真を本物と認めたことから、当時のイギリスで激しい論議が巻き起こったのだ。 時系列に従って要点を説明すると、まず1917年7月にエルシーが父親の手札判ボックスカメラ(W.Butcher&Sons社製“The Midg”)を使って最初の写真を撮り、同じカメラで9月にも2枚目の妖精写真を撮影している。現像はカメラの所有者である父親が行い、当初は単なる子供のイタズラと思われていたようだ。 ところが、エルシーの母親は神秘思想やオカルトを通じて世界の真理を探求する神智学に興味を持っており、撮影からしばらく経った1920年には神智学協会のロンドン支部長であるエドワード・ガードナーへ写真を見せたことから、話が大きくなってしまう。ガードナーは現役の写真家にネガとプリントの鑑定を依頼し、ネガもプリントも修正を施されておらず、写真は野外で撮影され、多重露光でもないとの回答を得たことから、本当に妖精が写っていると確信するに至ったのである。 そして、ガードナーはエルシーに手札版の新しいカメラ(W.Butcher&Sons社製“Pocket Cameo”前期型)をプレゼントし、彼女も受け取った1920年8月に3枚の妖精写真を撮影する。前後するが、同年6月にはコナン・ドイルも3年前の写真を実際に観ており、やはり妖精の実在を確信するとともに、かつてホームズ譚を連載していたストランド・マガジンにおいて写真を紹介し、イギリス全土から大きな反響が寄せられていた。 こうして、妖精写真はいくつかの偶然が重なって社会現象となり、事態は当人たちの手を完全に離れてしまったのである。
-
その他 2015年04月15日 15時00分
徹底検証・徳川埋蔵金の真実 トレジャーハンター・八重野充弘 第15回 金山の奥に隠された千両箱(後編)
15個の千両箱が、群馬県片品村山中の廃坑になった金山の坑道の奥に眠っている…。それは幕末の徳川の御用金の一部で、総額は時価約30億円と推定される。 その情報をキャッチしてから15年後の2007年、高橋喜久雄と筆者は、中断していた調査を再開することを決意した。きっかけは、人づてに高橋のもとへ届けられた、情報源である萩原徴翁の遺言だった。 「仲間と2人で坑道の奥にあった千両箱を見つけ、うちの一箱だけは取り出したが、相棒が深い縦坑の底に落ち、助けることができなかった。まずは彼の供養を頼みたい。そして、残り15個の千両箱を取り出して、世の中のために役立ててほしい」 筆者は驚くと同時に、全ての疑問が氷解した。断片的だった萩原翁の話が、1本につながった。つまり、宝を見つけたのは彼自身であり、片品村の幕末の目撃談の通りなら千両箱は16個のはずだが、なぜ最初から15個と言っていたのかもはっきりした。そして、周囲の誰もが不思議に思っていたボランティア活動の資金を、どのようにして調達したかもわかった。 萩原翁はネパールに学校を5校寄贈し、国王から感謝状をもらっている。以後もずっと同国の子供たちに文房具を贈り続けてきたことは、筆者もよく知っている。 高橋の長男はあるとき、唐突に次のような話を聞いた。 「金は国内で現金化するのは難しいから、知り合いのいる台湾に持ち込んだ。飛行機では運べないので、長崎から船で行った」 また、金井沢への入り口にあたるところに掘ったて小屋を建てて、ときどきそこで寝泊まりしていたが、どうやらそこが小判を溶かして延べ棒にする作業場でもあったようだ。小判としての価値の方がずっと高いのでもったいない話だが、幕末近くに発行された小型で金品位50%強の小判だったとしても、金の総量は6〜7キロになるから、現在なら3000万円前後、金価格がもっと安かった昭和30年代(1箱回収したと思われる年代)でも400万円前後にはなったはずだ。ボランティア資金としては十分だろう。 翌2008年秋、われわれは行動を開始した。課題は、十分な資材を現場へ運搬できるルート探しだ。 昔は南側から牛を引いて入ることのできる道があったらしいが、そこが現在はスキー場のゲレンデになっている。スキー場の支配人に話を持ち込んだところ、地図上では現場までわずか200メートルほどのところにゴンドラの駅があり、そこまでは雪上車で荷物も人も運んでくれるという。願ってもないことだ。 ところが、下り斜面は想像を絶するほど急で、背丈以上の熊笹にびっしりと覆われていて、かえって難しい。結局、従来のルートを使うしかないと判断、翌年の雪解けを待って沢に丸木橋を架け、垂直に切り立った女滝の脇の崖に、4段にわたってロープと縄ばしごを取り付けた。 幸い、筆者の方で十分な人手を確保することができたので、作業は順調に進み、9月中旬、その年の10回目の調査の際に、ようやく坑道の入り口が開いた。そして9月末には、坑道の奥に萩原翁から伝えられた通りの水を満々と湛えた深い縦坑を見つけ、われわれはその時点でターゲットにたどり着いたことを確信した。 翌週には、そこに眠っている人のために線香を一束持って入り、その次の週には体力のあるメンバーを15名集め、千両箱を1人1個ずつかついで、一気に下山する手はずを整えていた。また、積み上げた千両箱を前に祝杯をあげる一同の写真を撮ってもらうため、プロの写真家に同行を求めてもいた。 しかし、縦坑の底には遺体も千両箱もなかった。たまっていた10トン近い水を手動ポンプで抜いた後、底に堆積した砂を岩盤に達するまで掘ったが、何も出てはこなかった。 その理由をどう説明すればいいのか、しばらくは誰も答えられなかったが、一冬を越したころ、次のような推理を仲間内で共有するようになった。 萩原翁の相棒氏は縦坑の中で息を吹き返し、一人で千両箱を回収して坑口まで運んだが、そこで力尽き、さらに斜面の崩落が起こって埋もれてしまった。実際、入り口が開いたといっても、一人が腹ばいになってやっと潜り込める程度で、いまだ内も外も大量の土砂に埋もれたままである。 そこで、2年後に2回通って土砂を取り除く工事を行ったが、このまま続けると大規模な落盤や斜面の崩壊が起こりそうなので、目下、工法について慎重に検討しているところだ。(完)八重野充弘(やえのみつひろ)=1947年熊本市生まれ。日本各地に眠る埋蔵金を求め、全国を駆け回って40年を誇るトレジャーハンターの第一人者。1978年『日本トレジャーハンティングクラブ』を結成し代表を務める。作家・科学ジャーナリスト。
-
-
芸能 2015年04月15日 14時45分
哀川翔が辰巳琢郎から突っ込まれた! 「爺さんみたいだね」
俳優の哀川翔、辰巳琢郎、料理家の青山有紀氏、坂井宏行氏が15日、都内にて、試飲会イベント「『ネスカフェ ゴールドブレンド コク深め』プロデュース『コクと香りの美食会』」に出席した。 ネスレ日本は、3月1日新発売の「ネスカフェ ゴールドブレンド コク深め ボトルコーヒー」が、坂井氏が自身のレストランでも実際に提供するプロの味わいであることを伝える新TVCMを4月18日から全国で放送開始する。 イベントでは、坂井シェフが考案した特製の“コク深ラテ”らが振る舞われた。哀川は気に入った様子で、「うち、お客さん多いから」と早速、“買い置き宣言”。モーニングコーヒーにもぴったりとの話題が出ると、「朝が早いからね。今日も、4時でした」と哀川は早起きの習慣を紹介。辰巳から「そんな早起き? 爺さんみたいだね」と突っ込まれ、「爺さんって…、子どもみたいって言って下さいよ」と返し笑いを誘った。(竹内みちまろ)
-
レジャー 2015年04月15日 14時30分
キャバ嬢が生まれる瞬間(41)〜歯の治療のためキャバ嬢になった女〜
荻上南(仮名・22) 私は幼い頃からそこまで歯磨きをする方ではなかったのだけど、それでも虫歯の数は少なかった。でも高校を卒業後、友達の誘いで風俗で働くようになってから一気に虫歯が増えた気がする。友達に聞いたら虫歯は職業病なんだって。 私は知らない人との身体の触れ合いは、仕事と割り切ることができたのだけど、虫歯になるのは本当に嫌だった。おそらく虫歯菌を持った客とディープキスすることで、移ってしまうのだと思う。気がつくと奥歯に穴が空いていて、歯医者に駆け込んだ。そして医者からはすでに虫歯が13か所にいあると言われた。半年前に行ったときはそこまでなかったのに。 奥歯はけっこう深いところまで侵食しているらしく、抜くことにした。でもその後、奥歯で食べ物を噛めないことで、顔の輪郭が変わったような気がしたし、とても不安だったな。その時、歯の大切さを知ったよ。あと私は八重歯が生えているのだけど、裏側が磨き辛く、虫歯が特に悪化していた。その部分も抜くしかなくなったのだけど、当時私は歯の治療中ということで風俗は休止。だからお金もなく、安い治療でお願いしますと頼んだの。 歯を抜かれる間、私は目を瞑っていて、終了後にいざ目を開けた。すると前歯の2本が銀歯にされていたんだよね。何も聞かされていなかった。私の歯は八重歯で隠れているとはいえ笑うと目立つし、もう口を開けるのも怖くなってしまった。すぐに歯医者さんに白い歯に変えてもらうように伝えたのだけど、セラミックは大金がかかるらしい。そんなお金はもちろんなかった。 だけどお金を稼ぐために風俗を再開したら、また菌を移されて悪化する恐れがある。だから収入は下がるけど、キャバクラで働くことを決意した。キャバならトークがメインだし、客とキスすることもない。今は、とりあえず真面目にキャバで働いて歯の治療することが目標かな。他にも虫歯がたくさんあるから、白い差し歯を入れて、思いっきり笑えるようになりたいです。(取材/構成・篠田エレナ)
-
-
社会 2015年04月15日 14時00分
森永卓郎の「経済“千夜一夜”物語」 古賀氏の「自爆テロ」が意味するもの
3月27日のテレビ朝日『報道ステーション』で、コメンテーターとして出演していた古賀茂明氏が、言論による「自爆テロ」を行った。司会の古舘伊知郎氏がイエメン情勢を伝えるVTRの後で、古賀氏にコメントを求めたときに事件は起きた。 古賀氏が次のように答えたのだ。 「私、今日が最後ということで、テレビ朝日の早河会長とか、あるいは古舘プロダクションの佐藤会長のご意向で、私はこれが最後ということなんです。これまで非常に多くの方から激励を受けました一方で、菅官房長官をはじめ、官邸のみなさんにはものすごいバッシングを受けてきましたけれども、それを上回る皆さんの応援のおかげで、非常に楽しくやらせていただいたということで、心からお礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました」 古舘氏はすぐに反論した。 「古賀さん、ちょっと待って下さい。いまのお話は、私としては承服できません。古賀さんは金曜日に、時折出て下さって、大変わたしも勉強させていただいている流れの中で、番組が4月から様相が変わっていく中でも、古賀さんに機会があれば、企画が合うなら出ていただきたいと相変わらず思っています」 古賀氏は、官邸からの圧力で自分が『報道ステーション』から追放されたことを遠回しながら強く示唆したのだ。古賀氏の突然の不規則発言で、生放送の番組は大混乱に陥ってしまった。 私はその日、『朝まで生テレビ』に出演するためにテレビ朝日にいた。午前0時半ころ、放送を終えた古舘氏の楽屋前は、『報道ステーション』のスタッフが大勢集まり、騒然となっていた。私がスタッフに聞くと、古賀氏が降板させられたという認識はまったく持っていなかった。もともと古賀氏は準レギュラーであり、必要なときには、引き続き出てもらうということになっていたというのだ。古舘氏の認識と同じだ。 ただ、私は古賀氏が経済産業省に勤めていた時代から、かれこれ20年ほど交流がある。頭脳明晰で、とても真面目な古賀氏は、ウソをつくような人物ではない。だから、もし古賀氏の言うことが真実なら、上層部と官邸の間で古賀氏追放が決められたということになる。そうなると、私のレベルでは、事実を確認することができない。だから私は、楽屋での録音をぜひ公開して欲しいと思う。 もし、古賀氏が官邸の圧力で彼が降板させられたのだとしたら大変な問題だ。私は、戦後の日本で一番素晴らしかったことは、自由にものを言える社会だったということだと思う。それがなくなるということは、日本社会が根底から変わってしまうことを意味する。 日本国憲法21条には、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と書かれている。言論弾圧が起きていれば、憲法違反なのだ。私が一番気になっているのは、前代未聞の“放送事故”が起きたにもかかわらず、大手マスメディアが徹底追及する姿勢を見せていないということだ。 古賀氏をそっと「自然消滅」させてしまおうという意思がマスメディアにあるのだとしたら、それこそマスメディアの自殺行為だと私は思う。
-
スポーツ 2015年04月15日 13時00分
球界激震スクープ! 「新神宮球場」本拠地に東京ジャイアンツ ヤクルトは新潟移転へ
ヤクルトスワローズの本拠地であり、大学野球の主要球場でもある神宮球場が、2020年東京オリンピック後、隣接する秩父宮ラグビー場と場所を交換する形で建て替えることになった。これで、噂が絶えなかったスワローズの地方移転は消滅、と安堵するのは早計。新球場の“城主”は、何と巨人という情報が…。 東京都は五輪・パラリンピックへ向け、神宮外苑地区の再整備を協議してきた。先ごろその計画がまとまり、都庁で明治神宮など地権者6団体が覚書を交わした。 それによると、2020年東京五輪後に神宮球場の取り壊しに着工し、'22年度末までにラグビー場跡地に新球場を建てる。早ければ'23年から“新”神宮球場がオープンする。 この内容に神経を尖らせていたのがヤクルトファン。当初の計画では、東京五輪に合わせて新国立競技場とともに老朽化が進む神宮球場も建て直す、とされていたからだ。そうなれば、新しい神宮球場が完成するまでの間、本拠地を失うヤクルトはかつてのロッテのようにジプシー球団にならざるを得ない。そこで検討されていたのが、地方への本拠地移転だった。 「建て替えになれば2シーズンは使えない。そこで緊急避難先を協議していたのです。候補地はプロ野球がまだ進出していない、金沢、新潟、長野、静岡、岡山、松山。しかし、どこもまとまらなかった。全面移転ならともかく、新球場ができるまでの“腰掛け”なら結構というわけです。しかし、球場の取り壊しが東京五輪後に決まったことで、事態は大きく動き出しました」(ヤクルトOBの解説者) この先5年間、スポーツ界は“五輪競技”が花盛りとなり、野球の人気低迷が進む。毎年20億円近い赤字を垂れ流すスワローズの維持には、筆頭株主の仏ダノン社が不快感を示しており、経営陣は球団売却も含めて経営改善を求められている。 そこで、球団に愛着を持つヤクルト首脳は「本拠地を地方に完全に移す」ことで生き残りを模索していた。とても東京五輪の後まで待てないのが現実なのである。 「最終的には新潟と静岡にターゲットが絞られた。しかし、静岡市は市民からサッカーの新スタジアム建設の要望が出され、プロ野球の誘致をほぼ断念。残るは新潟市。こちらは立地的に中国に近く、球団誘致は訪日中国人促進にもつながると歓迎している。日本海を挟んで新潟は極めて近距離にあり、日本との架け橋の拠点にしようとしているのです。これには賛否両論あるが、中国から富裕層のプロ野球観戦者が計算できれば新潟の経済効果は計りしれず、ヤクルトの本拠地移転に期待する動きがあるのは確かです」(地元紙記者) 中国は'10年、新潟市に総領事館を開設。市の中心部にある市立万代小学校跡地や信濃川沿いに広大な土地を手に入れるなどして、経済面から交流を深めている。'05年に北朝鮮の羅津(ラジン)港を租借したことで、中国から新潟までが一直線となり、新潟の土地所有を希望する富裕層が引きも切らないのだという。 実は、ヤクルトの新潟移転を虎視眈眈とうかがっていたのが巨人。東京ドームもまた立て直しの時期に来ており、故障者の続出で足腰に負担がかかる人工芝を見切っている。開放的な空の下、天然芝の上でプレーできる新しい神宮球場は願ったりかなったりなのだ。 チーム名も読売色を薄め『東京ジャイアンツ』にすることで、舛添要一・都知事の支援も取り付けているという。新球場完成に合わせて「松井秀喜監督」の青写真も透けて見える。 グラウンド外の巨人は、一足先に絶好調のようだ。
-
芸能 2015年04月15日 12時40分
休業状態の香里奈の姉に熱愛報道
女優の香里奈の姉で、モデルで女優の能世あんなが9歳年下の俳優・平野勇樹と半同棲中であることを、発売中の「週刊女性」(主婦と生活社)が報じている。 能世は13年6月に5歳年上の俳優・重松隆志と結婚したが、昨年5月に離婚。同誌によると、能世は離婚から2か月後に出演した舞台で平野と共演。平野は脚本家の倉本聰氏が開設した「富良野塾」の卒業生とあって、演技力が高く、舞台の主演だった能世が熱心に演技の相談をするうちにひかれ合い交際に発展。 今年2月末から平野の自宅で半同棲状態で、能世は周囲に「すごくしっかりしていて、頼りがある」とおのろけ。一方、平野は周囲に「結婚するつもり」と話しているというのだ。 「前の夫の重松とは10年間の交際を経て結婚したが、わずか11か月で離婚。もともと、結婚生活には向いていなかったようだが、平野とは半同棲して様子を見ることにしたのでは。とはいえ、香里奈の姉でなかったら、まったく話題にならなかっただろう」(芸能記者) 幸せな姉をよそに、香里奈はすっかり表舞台から消えてしまった。 「昨年春、ハワイに語学留学中に知り合った台湾人の男性との交際が発覚。そこまでは良かったのだが、その男性と一緒だったパーティーで泥酔し“ご開帳”して眠り込んでいた“ベッド写真”を一部に掲載され、仕事のオファーがまったく入らなくなり、今や、キャスティングの会議でも名前があがらなくなってしまった」(テレビ関係者) 2月下旬には、都内で行われたファッションショーに出演。久々に公の場に姿を見せたがほとんど話題にならず。所属事務所のHPを見てもスケジュールは白紙の状態だ。 「事務所の幹部は『語学留学なんかさせなければ…』と嘆いていたようだが後の祭り。本人が海外でハメを外し過ぎたのがそもそもの原因なのだから仕方ない」(同) プライベートは順調な能世だが、妹・香里奈の今後を案じているに違いない。
-
社会 2015年04月15日 12時15分
産経新聞社・加藤達也前ソウル支局長が帰国
14日、羽田空港国際線ターミナルの到着ゲートは、モデルのミランダ・カーが、来日するのを見ようとファン300人が詰めかけていた。そんな中、ミランダ・カーが到着する1時間ほど前、到着ゲート前では、別の人物を待つ取材陣の列があった。 その報道陣の目的は韓国・朴槿恵大統領の名誉毀損したとして在宅起訴された産経新聞社・加藤達也前ソウル支局長。韓国フェリー転覆事故の当日に朴槿恵大統領が、補佐官と密会したという朝鮮日報等の報道を、WEBニュースに掲載した事により、韓国検察が昨年8月に加藤氏に対し、大統領の名誉を毀損したとして在宅起訴し、出国禁止処分となった。出国禁止処分は、繰り返し延長されたが、4月15日の期限を延長する手続きが行われず、8か月ぶりの帰国となった。 到着ゲートから出てきた加藤氏は、今の心境を「ほっとしている」と時折笑みを浮かべながら答えていた。また、「帰れないという事は、とても厳しいものがあった」と出国禁止中の辛さを吐露していた。
-
-
芸能ネタ 2015年04月15日 12時00分
吉高由里子 ラブラブ恋人と破局で傷心の芸能界電撃引退説
最近、芸能界に静かに広まりつつあるのが国民的女優に成長した吉高由里子(26)の電撃引退説だ。春以降に芸能界休業を発表し、そのままひっそり引退してしまう衝撃プランが密かに練られているという。 昨年の吉高といえば、NHK朝の連続テレビ小説『花子とアン』でヒロインに抜擢され高視聴率を連発。しかも、大みそかの『紅白歌合戦』で紅組司会を務めるなどまさに“吉高イヤー”の活躍ぶりだった。 ところが、すでに4月だというのに彼女の姿をテレビで見かけない。 「NHKを最後にパタリと吉高の姿を見ることがなくなってしまった。当初は『花子とアン』に出演して以来、1日も休みを貰っていなかったこともあり、本人の強い希望で長期の冬休みを取っているという話だったが、それにしても長過ぎる。一部では『体調を壊した』とか色々囁かれていますが、真相は本人が『仕事をしたくない』と駄々をこね、周囲を困らせているようなんです」(業界事情通) 結果、所属事務所も吉高に気を使い冬休みの延長を認めているようなありさまだという。そんな中、新たに飛び込んで来たのが、まさかの引退説だ。女優業に対するプレッシャーに追い込まれたという話も飛び交う中、真相を探って見ると意外な証言を入手した。 「燃え尽き症候群のようなことを話している業界関係者もいますが、真実は180度違う。吉高は人間関係に悩み、仕事に対する意欲を失ってしまったんです」(芸能プロ関係者) きっかけとなった事件が2つあるという。その一つが今年1月付で辞めてしまったマネージャー問題だ。 「この女性マネージャーのA女史は吉高をデビューからずっと支えてきた人物で、出世作となった映画『蛇にピアス』('08年)のオーディションを受けさせ、人気女優に育て上げた。2人は姉妹のように本当に仲が良かった。でも、A女史が長野県の実家に帰り、市長である父親のサポートをするとして事務所を辞めてしまった。吉高はこの一件からいまだに立ち直れない状態なんですよ」(関係者) こんな吉高に追い打ちを掛けたのが、ロックバンド『RADWIMPS』の野田洋次郎との破局話。 「現在同棲中といわれているが、最近になって吉高が部屋を飛び出したという。今年6月に公開される映画『トイレのピエタ』の主演に抜擢された野田はほとんど家に帰ってこない。すれ違いの生活がずっと続いていた」(芸能プロ関係者) さらに吉高を土壇場に追い込んだのが同映画で共演する宮沢りえとの怪しい関係だった。 「宮沢と野田がデキてると一部週刊誌が報じたことから、吉高がヒステリックになってしまったんです。以来、2人の間にケンカが絶えず最終的に別れてしまったというんです…。吉高は大切な人が2人も去った二重のショックで仕事に対するやる気を失ってしまった」(事情通) 裸で出直して。
特集
-

あかつ、アメリカ・アポロシアターでの「動きで笑わせるネタ」は世界にも テレビに年数回でも出られる自分は「持ってる」
芸能
2025年10月03日 12時00分
-

TKO・木下、篠宮との一件を明かす 目標は「タイと日本のハブ」 挑戦に対する厳しい声には「どうでもいい」
芸能
2025年09月26日 18時00分
-
-

元ボーイフレンド・宮川英二、最大の挫折は「M-1グランプリ」 セカンドキャリアは、芸人やお笑いサークルの学生の就職支援 芸人の給料も赤裸々に語る
芸能
2025年09月18日 17時00分
-

岡平健治「19」解散は「お金の問題じゃない」 岩瀬敬吾、地元に戻るのを「止められてよかった」 今後はバラエティーで「ポンコツっぷりを見て笑ってほしい」
芸能
2025年08月05日 23時00分
-

misono、家族について「マジで気持ち悪い家族」 「⼦ども⾃然にできると思っていたけど……」と不妊治療の再開、明かす
芸能
2025年09月16日 11時00分
